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ふた旅

3
伊豆を舞台とした短編です。ミツメを流しながらどうぞ。
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ふた旅 3/3

ふた旅 3/3

湯ケ野

 ナナカマドの茂みを分けると、橋の向かいに福田家が見える。太鼓橋の下を流れる河津川は荒くしぶいている。足がすくんだ。けれど、かつて来たときがどうであったかはよく覚えていなかった。二丁の拳銃を構え目いっぱい伸ばしたうちの片方の肘を捻り片目をつむる。二人の声が遠退いていく。

近景――冷たい流れをなめる黒坊主の岩は今ここからは五つばかり見える。あの時はどうだったか。溺れそうな岩の姿を

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ふた旅 2/3

ふた旅 2/3

天城

 峻しい道は鋏のように杉の密林を割いてゆく。車はもうもうと白い靄を被りながら、非常な速度でその切っ先をひた走る。セダンがいよいよ天城の峠にさしかかったというところで、足の長い雨に追い付かればたばたと屋根を叩く音が聞こえたのは、しかし一瞬のことに過ぎなかった。トンネルに入った。雨音は背後に、私たちはその音をもはや古いものとしてぐんぐんと離してゆく。その音のことなど、二度と思い出すことはない。

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ふた旅 1/3

ふた旅 1/3

修善寺

「車を借りよう」と誰かが言った。駅舎を見上げて携帯のカメラを構えたら、隣で目を逸らすのが分かった。頷くに二つ、咳がこぼれた。
乗って来た列車が、もと来た路をのんびりと戻っていく。夏の終わりの、雨催いの昼だった。
 駅前の貸し自転車屋を覗いてみた。元々ここで借りるつもりでいた。賑やかなあたりをぐるりと見て回るだけの、それほどの小さな町だと聞いてきた。それが、小田原を過ぎたあたりで雲が崩れた

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