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うちにはコロナ専門病棟が必要だ!強い意志が組織を導く【14】千葉県G病院

この連載は、コロナ専門病棟を開設した10の民間病院の悪戦苦闘を、現場スタッフの声とともに紹介していくものである。記事一覧はコチラ

私(西村)が取締役を務める株式会社ユカリアでは、全国の病院の経営サポートをしており、コロナ禍では民間病院のコロナ専門病棟開設に取り組んできた。

今回紹介する千葉県G病院は、当初、コロナ患者を受け入れない方針だった。しかし地域に住む高齢のコロナ患者の入院先がない現状をどうにかしたいと、自院での受け入れを決めた。院長をはじめ管理者の強い意志と、日頃の組織作りの成果を感じた事例となった。

強い意志と信頼で組織が動き出す

東京オリンピック・パラリンピックが開催された2021年8月。
G病院で初めて新型コロナの感染が確認された。建物が古く、ゾーニングが難しい病院で、スタッフの感染対策の意識は低く、クラスター収束に時間がかかる結果となった。

G病院は、もともと新型コロナの受け入れをしない方針だった。私は、地域の医療体制を考え、クラスターを経験した病院が、コロナ患者受け入れにシフトするべきと考え、院長へ提案を持ちかけた。

院長は「以前から、自院でコロナ患者の受け入れができないか考えていた」と話してくださった。高齢者施設の医療サポートや在宅医療にB病院が力を入れているからこそ、高齢者患者の受け入れ先が非常に少ないことを懸念されていた。

「当院でもコロナ患者の受け入れが可能なら、早急に準備をしたい」

院長の強い思いもあり、G病院のコロナ専門病棟開設は、すぐに決定された。

クラスターを経験した病院のスタッフは、「新型コロナの対応は大変」というイメージをもつことも多く、コロナ専門病棟開設に反対することも多かった。私たちはそうしたスタッフに向け、「なぜこの病院に必要なのか」を伝える説明会も実施してきた。

しかし、G病院のスタッフは、院長の考えをしっかり理解しており、「なぜ必要か」を伝える必要がなかった。私の説明は短時間で終わった。

非常に良い組織が作られていて、特に管理者の意識が高く、スタッフからの信頼も厚い。病院全体のコミュニケーションもスムーズで、協力し合う環境が作られていた。

新型コロナの受け入れゼロから、受け入れの前線に立つ病院になるためのマインドセットも、非常にスムーズだった。管理者層への信頼、統制が取れている病院組織の強さが示されていた。

行政のあいまいな基準による混乱

コロナ専門病棟を開設するには、①ゾーニングができるか、②院内体制を作れるか、③行政交渉、の3つのハードルがある。①と②は厳しい状況でも、時間をかければ経験を活かした対応ができる。努力次第で乗り越えられるハードルだ。

ところが③については、どれだけ努力しても、どうにもならないことがある。①②の条件がクリアされても、③のハードルを超えられず、専門病棟開設を断念したケースもあった。

G病院は行政との交渉も円滑に進み、2021年9月に認可を受けた。非常にスムーズなスタートがきれたので、私も安心していた。

ところがー。思いがけない落とし穴があったのだ。

各都道府県、市町村ごとに、コロナ病床確保フェーズを設けている。フェーズが変わり病床確保の必要がなくなった病院は、コロナ病床を一般病床へ戻すケースが多い。そのため、多くの行政は、コロナ病床から一般病床へ移行する期間を考慮し、フェーズを設けている。病院側も、フェーズの変更を理解し、コロナ病床を設けている。

だが、2021年9月頃の千葉県のフェーズ移行期間の設定は、病床確保についてはっきりしていない部分が残されていた。極端に言えば、「そちらの病院のコロナ病床は明日から不要」といった内容だった。

フェーズの移行基準もあいまいだった。9月30日からコロナ専門病棟を開始したG病院は、10月20日に「病床確保不要」のフェーズ1となる通知を受けた。フェーズの認定は「流動的である」と説明されてはいたが、私は「移行期間がこんなにも短いのか!」と衝撃を受けた。

G病院だけではない。
市内で多くのコロナ患者を受け入れていたX病院も、同様なフェーズ認定を通知された。地域医療を支えていたX病院の院長は、激しく行政に抗議した。
しかし、病院側の意向は受け入れられず、X病院は重点医療機関の認可を取り消した。

今後もこうした突然のフェーズ変更はありうる。院内でも、専門病棟継続について検討を重ね、できる限り行政の対応に応え続ける判断をした。

善意と経営のバランス

G病院の院長は、地域の医療ニーズを理解されていて、非常に人間味あふれる方だ。本職は整形外科だが、訪問診療や高齢者施設との連携を取り、専門科を問わず、地域医療のニーズを優先して積極的に患者の受け入れをされている。

もともと地域の高齢者の最後の受け皿のような病院だったからこそ、高齢者のコロナ患者受け入れ先がないことを危惧し、自院に専門病棟を開設した。

しかし善意だけで運用し続けることはできない。善意を上回る経営的負担が強くなり、病院が立ちゆかなくなる可能性もある。
千葉県のコロナ病床確保フェーズが、このまま流動的な状況が続けば、どこかのタイミングで経営的判断をしなければならない。

私も、行政が計画に基づいた判断をしていて、状況に応じて計画が変わることも理解している。どの都道府県、市町村でも、計画の変更は当然ありうることで、それを受け入れる気持ちを持って行政との交渉に臨んでいる。

行政と医療の信頼関係

新型コロナの感染者の予測や病床確保は、流動的になりやすいが、ある程度の恒常性は必要だ。
その「ある程度」が、行政側と医療者側で、どれだけ差があるのか、あったのかー。

千葉県の病床確保フェーズのシステムが、医療者側のやる気をそぐ方向にいってしまう可能性が高いものであったのは、非常に残念だった。

だが、千葉県の2021年までの対応が、医療者側に不安要素を与えるような仕組みだと気づいたのは、私たちが他県と交渉をしてきた経験があるからーだったかもしれない。「他県で行政と上手く連携できたおかげで、行政、医療機関共に納得のいく結果が得られ、地域医療体制が守られた」といった知見が蓄積されていた。

「他県の状況を伝えることで、行政と医療者のハブになる役割を担えるのではないか」という思いで県の担当者と話したこともあったが、行政の壁は、やはり高かった。

2022年に入って、千葉県のフェーズ認定の基準が変わり、G病院はどのフェーズでもコロナ病床を確保する病院として認可された。「いつ不要と言われるのか」という不安は解消された。

医療者は患者さんに安心を与えなければならない。行政は、私たち医療者に安心を与えてもらいたいと思っている。医療者側と行政側のギャップは、ある。そのギャップをお互いに埋める努力が必要だが、埋めていくことはできると期待を持って、我々も行政の依頼に応えていきたい。

G病院のコロナ専門病棟開設は、高齢者施設や地域の方に安心をもたらした。

「地域の力になりたい」という院長をはじめスタッフの強い思いと意志が、今も現場を支えている。

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次回は、この連載で初めてとなる院長のインタビューと、現場を支えるスタッフ2名の声をお届けします

<語り手>
西村祥一(にしむら・よしかず)
株式会社ユカリア 取締役 医師
救急科専門医、麻酔科指導医、日本DMAT隊員。千葉大学医学部附属病院医員、横浜市立大学附属病院助教を経て、株式会社キャピタルメディカ(現、ユカリア)入社。2020年3月より取締役就任。
医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し、医療従事者の視点から病院の経営改善、運用効率化に取り組む。 COVID-19の感染拡大の際には陽性患者受け入れを表明した民間10病院のコロナ病棟開設および運用のコンサルティングを指揮する。
「BBB」(Build Back Better:よりよい社会の再建)をスローガンに掲げ2020年5月より開始した『新型コロナ トータルサポ―ト』サービスでは感染症対策ガイドライン監修責任者を務め、企業やスポーツ団体に向けに感染症対策に関する講習会などを通じて情報発信に力をいれている。

編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう