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製薬企業が患者さんに良い影響を与えるためにできることは?

こんにちは。株式会社ユカリア データインテリジェンス事業部の城前です。

前回の第2話では、製薬企業の方が医師とより良いコミュニケーションを取るためにできることを考察しました。

今回の第3話では、製薬企業の方が患者さんへ直接的に、また、医師を通じて間接的に良い影響を与えるためにできることを考察していきたいと思います。


①患者さんの意思決定を支援するにあたって意識するべき「責務」

第1話でご紹介した書籍『がん患者の意思決定支援 成功の秘訣』の中では、患者さんの意思決定を支援するにあたって医療従事者が意識するべき事項の一つとして、「責務」という概念が挙げられています。

責務とは、辞書的には
「責任と義務。また、果たさなければならない務め。」とされています。

これを製薬企業の方からみた場合に置き換え、患者さんに対して直接的・間接的に何ができるかを考えてみたいと思います。

②自然発生的な責務

哲学者マイケル=サンデルの定義によれば、人間の持つ「責務」は大きく3つに分類されます

1つ目は、「自然発生的な責務」です。

これは例えば、「目の前の患者さんを病気から救う」といったもので、医師を始めとする医療従事者の多くにとっては、価値観・職業倫理の根幹にある自然なものではないでしょうか。

この点に関して製薬企業が出来ることは、

  • 良い医薬品を開発すること

  • それを医療従事者を通じて適切な患者に届けること

  • 医療従事者の適切な選択を可能とするエビデンスを整備し提供すること

などが挙げられるでしょう。

③他者との間で約束をした責務

2つ目は、「他者との間で約束をした責務」です。

これは、医師にとっては例えば、患者との間で締結する「同意書」に基づく処置などが該当するとのことです。

1つ目の「自然発生的な責務」では、概ね患者さんの利益にかなう最大公約数的な正解がありそうですが、一方で、「他者との間で約束をした責務」については事情はもう少し複雑そうです。

一例として、蘇生処置に関する同意であれば、蘇生をするか否かに必ずしも正解・不正解はなく、善悪もありません。また、患者と家族の間で考え方が完全に異なるケースもあります。

ここに対して製薬企業が行えることは、医療従事者が患者にとって適切な同意取得を行えるよう、説明資料の提供を通じて支援することなどでしょう。

この説明資料の作成にあたって行動経済学の理論を活用することで、質の向上を図れるのではないでしょうか。

例えば、「プロスペクト理論」という考え方があります。
これは「理屈では同じことを言っていても、説明の表現の仕方によって人の受け取る印象や意思決定が大きく変わる」というものです。

以下の2つの説明文に、どのような印象を持たれるでしょうか?

【説明A】
この薬剤を使用した場合、95%の人が5年後、生存しています。
【説明B】
この薬剤を使用しても、5%の人が5年以内に亡くなられます。

説明Aは生存という利得に焦点を当てている一方、説明Bは亡くなるという損失に焦点を当てていると言えます。
さまざまな実験から、説明Aの方がBよりも薬剤を使用したいと答える方が多くなることが検証されています。

行動経済学では、これ以外にも、人の認知や行動に影響を与えるさまざまな仕組みが理論的に整理されています。

患者説明資料の作成にあたって、これらの行動経済学の理論を利用して意図的に患者を誘導することには、倫理的な抵抗感を感じる方も多いと思います。

しかし、逆の発想として、作成した資料に「患者を不適切に誘導する表現が含まれていないか」というチェックリストとして行動経済学の理論を利用するという考え方もあるのではないでしょうか。

人は文章を書く時、特段意識もせずに、自身の価値観に沿った「偏った」「色の付いた」表現をしてしまうことがあります。
価値観とは関係なく「読者に刺さる文章表現」を追求した結果、バイアスを与える表現になってしまうこともあるでしょう。

その成果物をチェックする役割の方もまた、自身の価値観に沿った、経験則による判断で良し悪しを決めることが、現実的には多いと思います。

そこに行動経済学という新しい観点でのチェックを入れることが、客観性を担保するための有効な手段になると思います。

なお、誤解の無いように付け加えておきますが、行動経済学の考え方やノウハウ自体が悪いものであるというわけではありません。

行動経済学は私たちの日常生活の中での大小の意思決定を後押しし、生活やコミュニケーションをスムーズにしてくれます。ぜひご興味のある方は書籍をご覧ください。

④連帯の責務

3つ目は、「連帯の責務」です。

書籍ではこれを「家族が患者を救おうとするような責務」と説明しています。家族は患者さんの意思決定に良くも悪くも大きな影響を及ぼします。

家族の想いが悪い方に働いてしまった例として、終末期のがん治療において、家族が良かれと思ってしたことが、結果的に患者にとって後悔の残る結果となってしまった症例が紹介されています。

50代の女性患者が直腸がんの再発と転移を繰り返した結果、回復の見込みは絶望的という状況になりました。
そのため、医師と家族の間では、患者本人の知らないところで「積極的治療を行わない」「蘇生術を行わない」という同意がされました。

その際、家族からは「もう治療ができないことを、患者には言わないでほしい」との強い希望があったため、本人は事情を知らないまま更に1ヶ月以上が経過しました。

後日、ようやく家族からの指示で医師から患者へ病状と治療方針の説明を行ったものの、既に意思決定の選択肢も限られる中、患者が最後の望みとして希望した「友人との外出」も叶わないまま亡くなってしまったというものです。

この点に製薬企業として直接的に関与することは難しいと思いますが、上記のような症例の学習を通じて患者や家族の想いを理解し、医師とのディテーリングに活かすことで、患者に寄り添った提案をすることができるのではないでしょうか。

⑤講演のお知らせ

医療における行動経済学に触れるきっかけとなった関西ろうさい病院の堀 謙輔先生のお話を、本記事の第1話でご紹介しました。

先生にはぜひ弊社のイベントでご講演いただきたいと考えておりましたが、その希望が叶い、7月21日(金)・27日(木)開催の弊社ウェビナーに登壇下さることが決まりました

医療における行動経済学の分野での第一人者の先生から、「製薬企業と医師の関係」に目を向けた具体的なお話を聞ける貴重な機会です。
詳しくはこちらのnote記事でご紹介し、参加申込み(無料)も承っておりますので、ぜひご覧ください。


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