第一回#リーダーシップ考、~STeLAの学びより~
「リーダーシップ」という言葉をいろんな場でよく目にする、あなたも仕事や学校で使う機会が多いのではないだろうか。毎年新しくリーダーシップをタイトルに冠した本が出されるし、その種類も21世紀のリーダーシップやら〇〇のためのリーダーシップなど百花繚乱だ。
最近など使われすぎてチープな言葉になってきていないだろうか。
そんなリーダーシップという謳い文句に溢れかえる2018年、夏。
例に漏れず自分もリーダーシップ論を売りにする国際フォーラムに興味を持ち、ダメもとで応募し、奇跡的に受かって世界中から集まった参加者と10日間を共にした。その名もSTeLA。
STeLAはScience and Technology Leadership Association (科学技術とリーダーシップの会:正直に言おう。あまり英語⇨日本語への翻訳のセンスはない。)の略で2007年にMITに留学していた修士の学生達によって設立された。団体のミッションとしては科学技術の分野にリーダーを生み出し、ネットワークを作ること。(STeLAの団体についてはこちら。)
もちろん彼らが伝えるリーダーシップ論は団体の自己流という訳ではない。
STeLA初年度に団体のアドバイザーを務め、MIT Sloanという泣く子も黙るMITのリーダーシップセンターの現教授、Proff Deborah Anconaという方の論文を代々受け継ぎ、ベースにしている。
このSTeLAのフォーラムに参加したことで、今まで自分が思っていたリーダーシップの価値観が少し変わった。
というより正直なところ参加する前は、自分にはリーダーの才能はないと思っていた。書類選考後の面接でもそう自分のことを説明したし、だからこそ自分にはSTeLAでの時間が必要なんだということを伝えた。
これからこの"リーダーシップ考"のシリーズではSTeLAでの学びをリーダーシップというトピック中心に復習がてらまとめていこうと思う。
自分が前述したように、よくあるリーダーシップ論に落ち着いてチープにならないよう務めたい。
今回はSTeLAでどうリーダーのイメージが変わったのかについて触れようと思う。
STeLAのリーダーシップ論1日目ではまず世の中のリーダーの多くが「完全無欠なリーダー」という神話に陥っていることを紹介した。
あなたの周りにも一見要領よく組織を回しているようで、悪く言えば個人プレー、パワープレーのタイプがいないだろうか。もちろん彼らはそのようなスタイルにわざと走っているというよりは、能力が高いため自分がやったほうが早いものは積極的に請け負い、孤軍奮闘しているというだけなのかもしれない。
けれど多くの場合このようなマネジメントは長く続かない、半年から数年のスパンで大抵このようなリーダーは疲弊していく。学生団体やNPOなど、トップの任期が半年や1年ならまだ持つだろうか、しかし依然としてこのようにトップ1人に依存した運営スタイルは健康的なマネジメントではないように感じられる。
STeLA参加前はいま上に述べたような「処理能力高く1人でパワフルに組織を切り盛りできるようなタイプ」が自分の考えるリーダーのイメージだった。このようなイメージを持っているのは私だけではないだろう、もはやある種の神話として特に若い世代の間ではびこっているイメージだと思う。
これこそがSTeLAの扱うリーダーシップ論の主張の一つ、で私たちが脱却すべき「完全なるリーダー神話」というものらしい。STeLAに来る前は私もそのイメージを持っていた1人だったというわけだ。
もちろん、どんなに優れたリーダーでさえ1人でできることは限られているというのは、当たり前といえば当たり前だ。
そうなのだが、なぜか今日多くの人の心の中にはこのこととは逆の「完全無欠なリーダー」の姿がイメージとして定着してしまっており、こうした多数のイメージが組織のトップにプレッシャーを与え、知らぬ間に個人プレーやパワープレー型のリーダーを生み出してはいないだろうか。(リーダーの年齢が若いほど周りに自分を合わせようとしがちで、これは顕著だ。)
トップに立つ人間が孤独であるというのはよく言われる話だと思う。自分が所属、活動する組織でも歴代の代表からはそのような声が聞こえてくる。
しかし、トップとは自然にそうなってしまうものなのだろうか。
能力高く、組織のリーダーという存在が孤高なのはリーダーでいることの引き換えか。
もちろんそんなことはないということをSTeLAでは伝えてくれた。
というか、このように孤高の存在、「完全無欠なリーダー」の方向に走るのは暗に無能だとも。
続くセッションではリーダーシップという言葉を次のようにまとめていた。
"リーダーシップとは"
1)ある個人が
2)ビジョンやアイデアや目指すべき方向を提示することで
3)他者を励まし、刺激を与え、時にガイドしながら変化を与える1つのプロセスである。
つまり、リーダーシップとは「完全無欠なリーダー神話」にとらわれているタイプが陥るようなソローパートではない、ということだ。
続いて、STeLAで扱った論文では冒頭でだいたいこう述べている(一部省略)。
"今日多くの人たちは「完全無欠なリーダー」を目指す。
しかし、この世の中にそのようなリーダーなど存在しない。
今こそこういった「完全なるリーダー」という神話を捨て、「1人の不完全な存在であるリーダー」を賞賛する時なのだ。
MITのリーダーシップセンターは何百人ものリーダーへの調査の結果、
「完全なリーダー」ではなく「分散型リーダーシップ」こそ
現代のあるべき姿であるという結論に達した。”
(Deborah Ancona et al., 2007)
(論文のオリジナルはこちら。)
当然といえば当然だ。
前提としてリーダーはスーパーマンではなく、年齢、性別に関係なく不完全な存在で、またあらゆる局面に対応できるような固定の性質などないという主張が後に続いた。
リーダーシップを1つで表すようなスキルはないものの、リーダーのスキルは論文の研究では4つに分けられるらしい。それぞれ
Sensemaking:状況を正確に把握する力
Relating:チームの協力を引き出す力
Visioning:魅力的なビジョンを打ち出す力
Inventing :新しい手段、解決策を生み出す力
だ。各項目の詳しい内容については次回以降触れていこうと思う。
STeLA1日目でオランダやドイツから来日したEU支部のスタッフがしてくれたセッションでは
「どんなリーダーも不完全である」ということ、
また「リーダーの資質は多様である」ということ。
だからこそ上に述べたような4つのスキルの中から自分にとっての強み&弱みを知り、まずは自分について知ることから始めよ。
ということを伝えてくれた。
優秀なリーダーほど、人への興味&関心が高いように思う。
それは例外なく自分への興味も含まれていて、自分とは何か、何が得意で何が苦手で、どんな価値観を持っているのかということを自問している。
こうして自分についてしっかりわかっているからこそ、それが軸となりリーダーとしてもブレないのではないだろうか。
また人への興味が高い人はチームのメンバーをリスペクトでき、信頼関係を築ける。
セッションの中盤ではみんなうすうす気づいているようであまり認められていないことも言っていた。
いま上に述べたようなスキル、自分について知る、他者を尊重するというような人にエンゲージする能力は、タスク処理やカリスマ的などと言ったリーダーシップの性質の影に埋もれ従来のリーダーシップ論の中では過小評価されすぎてきたということだ。
1970〜80年の日本のように経済成長が著しく、生産性が組織の中で優先されるような時代では日の目を見なかったスキルかもしれない。だってそんなチームワークに貢献しなくても効率に特化してシャカシャカ動いてればお金が入ってきて何も問題ないのだ。もし人と関わる能力が過小評価されるきっかけとなった時代があるとしたらこの辺で、まだ若い世代もそれを引きずっているのかもしれない。
だがしかし、ここ10年間は不確実性の高い世の中、またはネットワークの時代といわれ人をリスペクトし、信頼関係を築き、モチベーションをあげられるような性格のよさは再び評価をあげてリーダーに必要な条件と胸をはって言える状況なのではないかと思う。
だからもしこの記事を読んでいる中で、人と関係を築いたり協力するのは得意だけどそれはリーダーのタイプではないと思っている人がいたら、自信を持って欲しい。
あなたの持つその側面はれっきとしたリーダーシップの1つだ。
最後に、長々と書いてしまったので話をまとめると
STeLAに参加する前は「完璧なリーダー」という現実離れした存在を組織のトップに求めている自分がいたし、また自分にはそのようなスキルはないからリーダーになりには縁が無いと思っていた。
しかし、STeLAのセッションは10日間かけてそのような先入観を払ってくれた。
リーダーシップのスキルは多様で、よくカリスマ的存在やタスク処理能力の高い人がリーダーに選ばれるが、それだけではない他のリーダーの能力をどんな人も必ず1つ持っていること、そしてあまりにも多くの人がそれに気づいていないということを教えてくれた。
2007年、アメリカの東海岸でSTeLAを立ち上げた人たちはなぜSTEM(理系)の学生を集めてリーダーシップのフォーラムを始めたのだろうか。
もちろん、科学技術の分野が発展していくためにリーダーは必要な人材だからに他ならないだろうが、もう一つあるとしたらSTEMで修士や博士の学生が研究することはこれから少なからず世界に影響を与えていくことで...
そんな風に将来世界の変化に貢献するかも知れない卵がリーダーじゃないっていうのはなんか違うよね?ってことじゃないだろうか。
(白状すると上の後半の見解は8割オリジナルではなく、2012年にSTeLAに参加された東北大鳥人間元パイロットの中村拓磨さんがブログでおっしゃっていたことだ:本家、中村拓磨さんブログのSTeLAの記事はこちらから。)
この夏STeLAの参加者に選ばれたことは本当に幸運だったと思う。
自分の知らなかった研究が導き出したリーダーシップという世界に触れられたし、何より世界中からきた仲間といい時間が過ごせた。
これからもNOTEのシリーズでこのSTeLAでの学びを発信していきたい。
一応STeLAへの参加を経て運営に入っているので、来年以降はフォーラムを提供する側として関わっていくことになる。
次回のSTeLAの募集は年明け、2019年の開催については決まり次第記事にしたいと思う。
今日のところはこれまで。
次回、乞うご期待!
(写真は今年のSTeLA会場、東大本郷キャンパスの一室。2018年は6年ぶりの日本開催で運が良かった。)
2018.10.21
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