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アラ古希ジイさんの人生、みんな夢の中 アオハル編⑨最終話 夢であいましょう

 少年Eの高校2年は、少女Jとの失恋で始まり、まさに天中殺のような1年であった。5月にバイク(原付)の一旦停止無視で、1回目の停学(1週間自宅謹慎)、8月にはバスのキセル乗車で2回目の停学、2学期の物理のテストで初めての追試、冬にはバイクの2人乗りで3回目の停学となったが、温情の高校で首の皮1枚で退学を免れ、以降は無事に、そして高校も卒業できた。

 その後も、諦めの悪い少年Eは、何度か(大抵は、飲んで酔った勢いで)、少女Jに電話した。手紙も書いた。その都度、少女Jは最後まで話を聞いてくれた。そういう性格だから、性懲りもなく、何度も電話してしまっていた。しかし、ある時、他につき合っている人がいる、と聞いてかなりショックだった。トドメは、手紙で少年Eのことを「悠木千帆(その後の樹木希林)的好青年」と書かれたことだった。怒りもあって、手紙も、高1のときもらったニワトリのクッションも全て捨ててしまった(今では大きな後悔)。

 そのあと、二人は、互いの人生を歩んだ。そして、コロナ前の約50年ぶりの小学校同窓会で、老女Jと再会した。昔の面影は全くなかった。こうも変わってしまうものか?他にも、男女問わず、全く変わってしまう者と変わらぬ者がいるが、大体声は昔のままだった。老人Eは、同窓会の最期、5分くらいだけ、老女Jと話をした。「高2の春、図書館の前以来ですね?」老女Jは、昔と変わらぬ、キビキビした動作で、答えてくれた。「そうでした。」同窓会の後、老人Eは仲間と連れ立って、2次会、3次会に行ったが、本当は、老女Jとゆっくり話がしたかった。

 少年Eは、少女Jにフラれてから、それなりに恋も経験し、家庭も持った。しかし、何か違っていた。「恋しい」気持ちの強さのせいなのか、文通していた4年間の心が通っていた、という思いからなのか、また、少女Jに会いたい気持ちがいつもあった。少年Eは、この50年間、何回も、夢の中で、少女Jに会った。憶えているのは10回もないが、実際は毎日のように少女Jの夢を見ていたのかもしれない。同窓会ですっかり変わってしまったJと再会した約10か月後、久しぶりに若い少女Jの夢を、かなり鮮明に見た。嬉しくなって、老人Eは、同窓会名簿の、姓が変わっていた、老女Jの携帯番号に、SMSを送った。「久しぶりに夢で、Jちゃんに会えました。もう死んでも悔いはない思いです。」

 思いがけず、老女Jから返信があり、「ほぼ半世紀前に、まだ、自分のことも相手のことも、何ものかも分からない時期に親しくやり取りしたことは、楽しくて、私のなかでは大切なものです。」と伝えてくれた。その後ほぼ7か月間、老女Jとメールが続いた。週1くらいのペースのメールのやり取りだった。昔のように胸がキュンとしたし、また幼い頃の思い出を伝えたら、同じような体験や共通の思いが沢山あり、喜びを共有できた(同じ田舎町に育ち、同じ時代に子供だったことは、こんなにも共通点があるという喜びだった)。しかし、メールはほとんど少年Eが青年になり、老人になっていく過程の話ばかりで、肝心なところで、老女Jのガードは固く、青年期以降のことを聞く事が出来なかった。夫と二人暮らしであることと、非常勤公務員をしていること、アメリカ旅行のこと、そんなこと以外は何も話してくれくれなかった。老人Eは待ち切れなくなって、つい先を急いで、求めてしまうことが多くなった。さすがに、老人Eも、「Jさん、疲れてないでしょうか?しばらくメールしない方が良いですか?」と聞き、老女Jは「私の身辺の諸々の状況によりまして、返信する時間と体力に余裕がありません。いつもあなたのメールを興味深く拝読していますが、それに答えることは今の私には難しいことです。無理は続かないことで、避けたいと思います。また、あなたの不興を買うことも本意ではありません。残念ですが、今後のメール、お控えくださいますようお願いいたします。」と返事があり、今度も老人Eはフラれてしまった。バカは死ぬまで、治らない、ってか?ホンダの創業者、本田宗一郎さんのことば、「進歩とは、反省の厳しさに正比例する」、つまりナマジな反省では、間違いを繰り返す、ということ。

 その後、老女Jの誕生日ごとに、老人Eは「おめでとうメール」を送っているが、返事はない。たぶん、プラトニックだから、かなわぬ恋心だから、思い続けるのだろう。老人Eはそれなりに女房、子供を愛しているが、Jを思い続けることは、悪いことではない。Eの実母は他界して30年以上経っているが、EはJに永遠の母親像を見ているのかもしれない。

 夢だけが、唯一の頼みなのだが、中々現れてくれない。それもまた、人生だなあ、と思う。

 (アオハル編と呼べる出来事は、数えてみれば、まだあるような気もするのですが、Jのことを書いてしまうと、他は全て色あせてしまうので、アオハル編はこれにてオシマイとさせていただきます。また、いつか、次のお話をさせていただきます。)

最後の(今回は)二首
思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを
                    古今集 小野小町
不逢恋(あはぬこひ)逢恋逢(あふこひあふて)不逢恋(あはぬこひ)
  ゆめゆめわれを ゆめな忘れそ            紀野 恵


永さんと中島弘子さん(NHKアーカイブから)
雪の街で、少女Jに電話したこともありました

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