州議会選で民族間の分裂が深刻?
マレーシアの6州で8月12日、州議会選挙の投開票が行われました。結果は国政与党が勝利はしたのですが、民族間の分裂が深刻化したようです。マレーシアはこのままで大丈夫なのでしょうか。
今回行われた州議会選挙はスランゴール州、ペナン州、ヌグリ・スンビラン州、クダ州、トレンガヌ州、クランタン州の6州。前者4州はマレー半島西海岸に属し、残りは東海岸にあります。
結果は下記に譲りますが、ここでは民族間の分裂が深くなりつつあることを分析します。
■各政党の背景
ただ、少し背景が必要なので、まずそれを説明します。
国政与党はアンワル・イブラヒム首相が率いる希望同盟(PH)とアフマド・ザヒド副首相の国民戦線(BN)。政治的スタンスとしては穏健派で、イスラーム教徒も多宗教と融和にやっていくという立場です。特にPHはマレー人の他、華人もインド人も多く党員がいます。また、BNは60年ほど政権を握っており、マレーシア華人協会(MCA)やマレーシア・インド人会議(MIC)も参加していますが、2018年の政権交代で弱体化が進んでいます。
一方で、主な野党はムヒディン元首相の国民連盟(PN)。ほぼマレー人の政党で、ブミプトラ統一党や全マレーシア・イスラーム党(PAS)がいます。中でもPASはイスラーム国家を党是とし、極端な話、「豚もアルコールもこの世からなくしてしまえ!」という考えで、華人がまったく受け入れない。アフガンでの武力による政権奪取も支持した政党で、イメージもよくないのです。このため、首相率いるPHの中の特に華人系政党、人民行動党(DAP)とは犬猿の仲です。一時期、両党は連携していましたが、やはり根本的な思想が異なるため袂を分かちました。
PNに所属する政党は他にペナン州を拠点にした華人系のグラカンという政党がありますが、今回ペナン州で1議席を取ったほかはまったく票が取れなかった。結局、PASとブミプトラ統一党という2つのイスラーム政党の中で完全に埋没し、華人有権者はまったく寄りつかなかったといっていいでしょう。
PNは結局、今回の選挙で大躍進したといってよろしく、PNの戦略がかなり奏功したと思います。マレー人の間で票が多く取れたのですが、一方で価値観が全く異なる華人やインド人はPNには票が結びつかなかった。華人やインド人は基本的に穏健的なPHを支持する人が多く、マレー人主体のPNが大躍進してしまったことで、民族の分裂が深刻化したといっていいでしょう。
もう一つここで指摘しておかないといけないのは、どの連合政党もその加盟する党の間でどの選挙区にどの政党から立てるかという調整が行われます。多民族が入り乱れる社会でこれはとても大変な調整なのですが、華人が多い選挙区でマレー人を立てたところでなかなか票には結びつかない。逆もしかりで、マレー人から疎遠されているDAPの候補者がPNの候補者としてマレー人の多いところで立候補しても票が取れないということがあちこちで発生したようです。これはPNの戦略ミスで、この後に話すBNとも連携したことからミスが起こったといってもいいでしょう。日本でいうと、自民と共産が選挙協力して、自民の推薦候補として共産候補者に一票を入れてくれとお願いするのと同じことなのです。
■問題がBNなんです
東海岸にあるクランタン州では投票率が56%と過去最低を記録したといいます。70%ほどが毎回あるにもかかわらず。
この州は基本的にPASが90年代から州政権を握っていますが、投票率が過去最低だったので、得票数もだいぶ下がったとみられます。一方で、BNはかなりの人数を候補者として今回立てましたが、1人しか当選しませんでした。これはどういうことなのでしょうか。
つまり、ここの州民はPASの経済政策(マニフェストをみても経済政策についてはほとんど何も書いていない。世帯収入も州のGDPも国内最低にもかかわらず)などに不満がある一方で、BNには入れられないという意思表示がどうも低投票率に繋がったとみていいでしょう。これはPASにとって相当衝撃的だったようです。
BNは国庫泥棒のナジブ元首相(2034年まで収監の予定)により壊滅的な打撃を受けました。その結果、2018年の政権交代に至ったわけですが、その影響はまだ大きく、5年経っても回復していない。
それどころか、BN、中でも中心政党の統一マレー人国民組織(UMNO)はマレー人の代表政党だったにもかかわらず、マレー人が寄り付かなくなってしまった。ひとえに汚職腐敗が原因で、さらに悪いことにナジブ派のアフマド・ザヒド総裁(副首相)が党内の人気政治家を追放するなどして党全体に信頼を失墜させてしまったのです。さらに、BN内の華人政党やインド人政党はこぞって州議会選挙で候補者を立てませんでした。つまり、BNはマレー人だけの候補者だけになってしまい、ただでさえ華人やインド人から嫌われているのに加え、マレー人の間でも人気が低迷している。これも得票に結びつかなかった結果だと思います。早くも党内からは総裁の辞任を求める声が挙がってきていますが、おそらく本人は辞めないでしょう。となると、いつまでたっても党内が改善されないわけで、これではどんなことをやってもマレー人からも白い目がみられるだけなのです。
結局、BNがしっかりしていないためにマレー人が宗教的価値観をもとめてイスラーム色が強いPNに流れていってしまった。マレー人と華人、インド人の価値観は互いに相反するところは仕方なく、これは今に始まった問題ではないですのですが。
しかし、マレー人がより宗教的価値観に重視しはじめたことは重要な点です。もちろん穏健なマレー人は多く、PASをマレー人全員が支持するとは思えません。より穏健なPNの統一党のほうにおそらく支持しているのかと思われます。ただ、その人たちがBNはおろか、PHに入れるのもためらってしまっている。ここを打開しない限りは次の選挙はより深刻な状況となるでしょう。しいてはマレーシア政治全体の不安定化につながっていくでしょう。
■分断を避けるためには
1969年5月13日に選挙後にマレー人と華人の暴動事件がありました。詳しくはこちらです。
この事件後に行った政府の対応はいろいろと問題がありましたが、同じようなことはもはやこの現代でできないでしょう。そもそもどの民族もあの事件以来、裕福になっています。そして、ソーシャルメディアといった媒体もあり、昔のようにはいきません。
となると、まずは短期的には民族の異なる政党間の融和が重要になってきますが、それはあまり有効でないかもしれません。特にPASとDAPはもはや交流さえも難しいので。当面はBN内部が刷新しないとなりませんが、果たしてすんなりといくか。追放された人たちをまずは取り戻して政治活動をさせていくことのほうが有効でしょう。
長期的には教育でしょう。マレーシアには国家理念ルクヌガラというインドネシアのパンチャシラを真似た理念があります。これを徹底的に子どもたちに説いていくことも重要ですが、学校での多民族との付き合いをもっと深める方策が必要でしょう。
マレー系の学校ではマレー人と華人の子どもたちは同じクラスにいますが、華人でマレー系に行く生徒はどちらかというと貧しい家庭の人たちです。富裕層の生徒はそもそもマレー系には通わせず、華人系の学校にいかせます。華人系の学校にはほとんどマレー人はいません。教授言語が異なるためです。
そのため、互いにあまり深い付き合いをしない。子どものときは多少なりとも遊ぶようですが、成人になるともうほとんどお互いが交わりません。華人はマレー語をそれほど話せないので、レストランや職場などで必要最低限しか使わない。もちろんマレー人と華人で英語で話すこともありますが、60年代70年代生まれのように友達としてはほとんど付き合わないのが最近の世代です。
これは言語の問題もあって、ある程度は致し方ないとも思うのですが、それでもそこのギャップを埋める作業をしていかないとマレー人と華人の溝は深まるばかり。マレーシアは経済的には華人なしには動きません。マレー人の富裕層も増えてはいますが、中国大陸とのつがなりは華人には負けます。華人は中国から富を引っ張ってくる力があり、国をさらに成長させていくにはこれを利用しないわけにはいきません。
となると、マレー人と華人の相互理解は非常に重要なのです。子どものときから成人に至るに至って何が互いに離れさせてしまうのか。言葉の問題はその一つかと思いますが、問題点を洗い出して教育の現場で反映させないとさらに分裂していくだけでしょう。それを政府はわかっているのかどうか。単に融和だけを言葉にしても融和には結びつきません。そのためには今できることをまずは洗い出していく必要もあるのです。
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