学生生活最後の日と社会人生活最初の日

あれから20年か・・・

大分から高知に来て26年。
大学院を卒業し、社会人になったのが、ちょうど20年前・・・。
もう20年・・・。
まだ20年・・・。
でもあの日の出来事は昨日のように覚えている・・・。
忘れたい・・・。
でも、忘れられない・・・。

1998年3月31日、私は日本物理学会での学会発表のため東京にいた。
大学院での研究の集大成だった。
翌日から社会人になるにも関わらず、大学院を卒業したにも関わらず、ギリギリまで研究に没頭していた・・・。

そして、無事に学会発表を終え、東京からの最終便で高知に帰り、そのまま大学の研究室に向かった。
私は研究室に散乱していた研究資料や私物を整理した。
また、机を後輩に譲るため、机やその周りを清掃し、共同で使っていたパソコンのデータを整理した。

全ての作業が終わったのは、丁度日付が変わる頃だった・・・。
私の4年間の大学生活、そして2年間の大学院での研究生活は、日付が変わると共に慌ただしく終わりを迎えた。

私は自転車に大きな荷物を載せ、自転車を押しながら歩いてアパートに帰った。
アパートに帰ると、私は軽く食事を済ませ、風呂に入った。

風呂から出た私は、学会で来たスーツにアイロンをかけ、入社式で着るための真新しいスーツとワイシャツを用意した。
そして、入社式で代表して式辞を読む予定になっていた私は、事前に用意しておいた式辞に目を通した。
他に入社時に提出する必要な書類も再度確認した。
準備は完璧だった。

明日の入社式は9時からだ。
激しく疲れていたが、翌日からは新しい生活が始まる。
その不安感や期待感で心がざわつきながらも、少し早めの時刻、6時半に目覚まし時計をセットして寝る事にした。

私は、疲れのせいか、深い深い眠りに就いた・・・。

翌朝、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
目覚まし時計を見ると、時計の針は6時半を指していた。

「緊張しているのかな・・・」

そう思いながら、テレビを付けた。
この時間であれば、「めざましテレビ」が始まっているはずだ・・・。

テレビでは芸能ニュースが流れていた。
ところが、出てくるはずの大塚範一キャスターと小島奈津子アナウンサーが一向に出てこない・・・。

「あれ?」

私は違和感を感じ、テレビに表示されている時刻を見た。

「!?」

そこには「8:25」と表示されていた!

私はもう一度目覚まし時計を見た。

「!?6時半を指している!?」

私は混乱した。
何が起こっているのだ?

胸の鼓動が早くなるのが判った・・・。

「おかしい・・・。おかしい。おかしい!おかしい!!」

私は自分を落ち着かせようと必死だった。

「そうだ!こういう時は客観的な情報の収集と得られた情報の分析だ!今まで研究で培ってきた分析能力で現状を分析し、状況を把握しよう!」

私は明らかに焦っていた!

「と、とりあえず、コーヒーを飲んで落ち着こう!」

私は、お湯を沸かした。
そして、飲み慣れた「ジャーマンロースト」の豆を挽き、コーヒードリッパーにフィルターをセットし、粗目に挽いたコーヒーの粉をフィルターの中に入れて均した。
私はまず、コーヒーの粉を少しだけ湿らせる程度に、沸かしたお湯をゆっくりと「の」の字に回しながら注ぎ込んだ。
この「蒸らし」の作業は地味だが、コーヒーの風味を引き出すためにはとても重要な工程だ。
十分に粉を蒸らしたところで、コーヒーの粉が泡立つように、ゆっくりと、丁寧にお湯を注いだ。
コーヒーの香りを閉じ込めるためには、この泡立てるという作業がとても重要だ。
慌ててはいけない。
一滴一滴、コーヒーがドリップされるのを感じながら、香りをコーヒーに閉じ込めるように、丁寧に、少しずつお湯を注ぎ込む。
この工程を繰り返し、ようやく極上の一杯が出来上がる。

私は、大学の研究室から持ち帰ったお気に入りのコーヒーカップにゆっくりとコーヒーを注ぎ込んだ。
最高の一杯の完成だ。

私はゆっくりとジャーマンロースト特有の香ばしいコーヒーの香りを楽しんだ。
そして、ゆっくりとコーヒーカップに口を付ける。

やはり自分で煎れたコーヒーは美味い。

そして、コーヒーを飲みながら、落ち着いて状況を整理した。

まず、目覚まし時計に目を向けた。
目覚まし時計は6時半を指したままだ。
そう言えば、目覚まし時計は時間が進んでいない・・・。
6時半を指しているのにアラームも鳴らない・・・。

そしてテレビに表示されている時刻に目を向けた。

「8:45!?」

私は、突然現実に引き戻された!

そう、目覚まし時計は6時半まで動いたが、アラームを鳴らそうとして電池が切れて、そこで止まってしまっていたのだ!
つまり、現在時刻は「8時45分」なのだ!

「考えろ!!どうしたらいい!?」

私はコーヒーを飲みながら、論理的かつ現実的な解決方法を探った!!

そして、辿り着いた唯一の結論は、

「ヤバイ!!コーヒー飲んでる場合じゃ無い!!」

私は必死に考えた!!

アパートから会社までは自転車で10分程度!!
全力で走れば5分で着く!!
5分で準備してすぐに出る!
それで間に合う!!
理論的には可能だ!!

私は、全力で準備をして、4分後には出発出来る状態になった。
前日に入念に準備していたおかげで、予想より早く準備が完了した。

あとは、全力で会社まで自転車を漕ぐ!!
一心不乱の漕ぐ!!

そう思いながら、勢い良く玄関のドアを開けた!!

しかし、そこで私は愕然とした・・・。
そして思わず呟いた・・・。

「終わった・・・」

そこに見えた景色は雨・・・。
無情にも雨・・・。
計算に入れていなかった雨・・・。
しかもかなり激しい雨・・・。
どう急いでも会社まで15分はかかる・・・。

つまり、入社早々、遅刻決定・・・。
私は天を仰いだ・・・。

私は大急ぎでレインコートを着て、愛車のマウンテンバイクに乗った。
一生懸命自転車を漕いだ。
風が強い。
しかも向かい風だ。
レインコートのせいで自転車を漕ぎ難い・・・。
スピードが出ない・・・。

私は10分遅れで会社に到着した・・・。
入社式は始まっていた・・・。
社長が話をしている中、私はコソコソと中へ入り、席に着いた・・・。
みんなから冷たい目で見られているのを感じた・・・。

「くそぅ!!くそぅ!!くそぅ!!」

心の中で叫んでいる私がいた。
コーヒーを飲まなければ間に合っていた・・・。
悔やんでも遅い・・・。

私は式辞を読んだが、キチンと読めたか覚えていない・・・。
手が震えていたことだけは覚えている・・・。

社会人になって、私に与えられた最初の指示は、「始末書」だった・・・。
みんな呆れていた・・・。

それから約10年間、私はその会社でがむしゃらに働いた。
しかし、最後の最後まで、入社式に遅刻したことをネタにされ続けた・・・。
呆れられていた出来事も、いつの間にか笑い話になっていた・・・。

今でも笑われているんだろうな・・・。

4月1日
エイプリルフール

あれが嘘であればどんなに良かったか・・・。
いや、あの出来事があったから、その後、仕事仲間達に可愛がってもらえたのかもしれない・・・。

あれから20年。
人生の汚点でもあり、生涯使える話のネタである。
あの出来事は一生忘れる事は無いだろう・・・。

いつまでも・・・。
永遠に・・・。

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