【LGBTQ】性自認に基づく性別での社会生活。一人ひとりの人生はかけがえのないもの。

LGBT理解増進法案をめぐり、「性同一性」などの文言や権利保護に関する内容など、成立後に起きうる具体的な事柄を挙げながら、適切な対応が取れる形での成立を目指し、議論が続いている。

この法案は、基本法・理念法であり、罰則規定などがないため、個別具体的な方針や計画などが定められていない中においては、国や地方自治体などの直接的環境下での対応が注視されているところだと認識する。
また、民間企業や非営利団体など、一人ひとりの理解増進に向けた取り組みが重要であり、より自然的に受け入れられていくことが望まれる。

世界人権宣言とその後に合意された国際人権条約に基づく国際人権法では、LGBTQなどの性的マイノリティの人権を擁護することを法的義務としている。
G7サミットの共同声明などからも見て取れるように、性の多様性に寛容な社会の実現を目指す動きは、世界的な広がりを見せつつある。

多様性社会の実現を目指すにあたり、学校や家庭のあり方など、子どもたちが生まれつきの身体や境遇などにかかわらず、希望を抱き、安心できる環境づくりは大人たちが取り組むべきことのひとつだ。

法整備は環境づくりの一環であり、多様性を認める社会においては、客観的な事柄の整理だけでなく、主観的な感性とその相互理解も重要だと感じている。

大人たちが構築した社会で子どもたちは生まれ育つこととなる。
すでに大人になった人たちも、かつては子どもだった。少しずつだが着実に、性の多様性に関する相互理解は深まってきていると認識する。
だが、子ども大人関係なく、一人ひとりの人生はかけがえのないものである。

性自認に基づく性別での社会生活を安心して送ることができることを願いながら、本記事では、以下の裁判について扱う。

「性自認に基づく性別での社会生活」

2015年、女性として生活する性同一性障害の50代の経済産業省職員(戸籍上は男性、性自認は女性)が、女性用トイレの使用を制限されているのは不当だとして国を訴え、訴訟を起こしている。

1審・2審判決などによると、職員は、健康上の理由から性別適合手術を受けていない。戸籍上の性別は男性だが、名前は女性名に改名している。女性として生活しており、2010年に女性の服装での勤務や女性用トイレの使用を認められたが、職場から離れたフロアのトイレを使うなどの条件付きだ。女性用トイレの使用制限について、人事院に処遇改善を求めたが認められず、国に提訴したという経緯だ。

2003年7月に性同一性障害者特例法(GID特例法、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」)が成立し、2004年7月に施行された。
現行法で性別の取扱いの変更の審判を受けるには、6つの要件を満たす必要がある。

2019年の1審・東京地裁判決は使用制限を違法としたが、2021年の2審・東京高裁判決は適法と結論づけている。
2023年6月に、最高裁は上告審弁論を開く。弁論は結論を変更する際に必要で、使用制限を適法とした2審判決が見直される可能性がある。

1審、東京地裁判決、使用制限は違法。原告が勝訴。

2019年、1審・東京地裁判決は、女性用トイレの自由な使用を認めなかった人事院の判定を取り消し、国に132万円の賠償を命じている。

国や地方自治体などには庁舎管理権がある。人事院は、職員から行政措置の要求を受けた際、その要求に対してどのように対処するかなど判定する裁量権を持つ。
人事院の判定は条件付きでの使用を認める(女性用トイレの使用を制限する)ものであった。職員は、女性用トイレの使用など人事院に処遇改善を求めたが、認められなかった。

「重要な法的利益」、制約を正当化できない状態、違法と結論。

1審判決は、女性用トイレの使用を制限することは、「性自認に即した社会生活を送るといった重要な法的利益等に対する制約」であると指摘した。
また、「性同一性障害である職員に係る個々の具体的な事情や社会的な状況の変化等を踏まえて、その当否の判断を行うことが必要」だと述べている。
使用制限(制約)を「正当化することができない状態」だったとして、違法と結論づけた。

使用制限の判定は、裁量権の範囲を超える。具体的な事情や、社会的な状況の変化等を踏まえて判断が必要。

人事院の判定を取り消すとともに国の賠償責任を認め、132万円の支払いを命じている。
女性用トイレの使用を制限した人事院の判定について、裁量権の範囲を超えたものとして違法とした。女性職員とトラブルになるのは抽象的な可能性にすぎないことや、女性用トイレの使用を認めている民間企業が複数あることなどの事情を踏まえた判断である。
職員は上司から「もう男に戻ってはどうか」などと発言され、「性自認を正面から否定するもので、法的に許される限度を超えている」として違法性を認め、慰謝料などの支払いを命じている。

経済産業省の庁舎管理権の行使に一定の裁量が認められることを考慮しても、一定時期以降は「国家賠償法上、違法の評価を免れない」として、違法判決を下し、賠償などの支払いを命じている。

2審、高裁判決、原告が敗訴。上司発言のみ違法・使用制限は適法。

2021年、2審・高裁判決は、人事院の判定(使用制限)は適法として、国の賠償責任については上司の発言にのみ違法性を認め、賠償額を11万円に減額した。

「法律上保護された利益」だが…。

「性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益である」として、1審と同様の指摘をしている。
1審では、女性用トイレの使用を制限した人事院の判定について、裁量権の範囲を超えたものとして違法とした。
一方、2審では、「裁量権の範囲を逸脱し、またはその乱用があったとはいえない」と使用制限の違法性を否定し、適法と結論付けた。
経産省は職員の要望にできる限り沿うために説明会を開き、使用制限は他の女性職員の意見を踏まえたものであるとして、同省の対応は「注意義務を尽くさなかったとは認め難い」と判断している。

「性自認に基づいた性別で社会生活を送ること」の法的利益の重要性に対する認識の違い。

当時の官公庁の状況について、職員のようなケースに対応する指針や参考事例がなく、「先進的な取り組みがしやすい民間企業とは事情が異なる」など、行政機関での前例がないことなどを理由として違法ではないと結論づけている。

職員は、性同一性障害であることや女性用のトイレの使用などについて、上司に相談する。相談を受けた所属部署の上司は、職員の要望に対する検討や対応について、経産省全体として対応するべきだと判断し、担当課に報告。その後、方針や対応などが検討された。
職員は、その後の方針や対応など経産省で認められた内容などについて口頭で伝えられる。女性用トイレの使用も認められるが、同僚に説明し、理解を得る必要があると伝えられ、説明会が実施された。職員の退席後に出された女性職員からの意見を踏まえ、女性用トイレの使用について条件が付けられ、制限される。

1審では、性同一性障害などの医師の診断や庁舎内の女性用トイレの構造などの事情から、女性職員とトラブルになるのは抽象的な可能性にすぎないなどを違法判決の理由としている。2審では、女性職員の性的羞恥心や性的不安などに配慮し、「全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を負っている」、「積極的に対応策を検討した結果、関係者の対話と調整を通じて決められたもので、原告も納得して受け入れていた」と述べている。

違法ではないと判断したことからも、1審・2審の「性自認に基づいた性別で社会生活を送ること」の法的利益に対する重要性の認識の違いが窺える。

最高裁、6月に弁論を開く。使用制限の違法性。

本件の争点は多岐にわたるが、最高裁では、賠償に関する内容については審理されず、使用制限の違法性の有無のみ争われる。
6月に、弁論を開き、今年の夏にも判決が言い渡されるとみられている。性同一性障害の人に対する職場環境のあり方について、最高裁が初めて判断を示す見通しだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?