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香水にむせかえる港町

黒海に面するトルコの港町、トラブゾン。なぜ、こんなにうらぶれたところにわざわざ来たのだろうか。

安宿をとり、ザックを部屋に放り投げて街に出る。青空市場は原色のプラスチックに溢れていて、何もかもが中国製だった。

夕刻、宿に戻って窓を開ける。灯がともり、通りには人が集まり、街は異郷らしくなってくる。トルコはイスラム教の国だが、アルコールには寛容に感じる。男たちが盛り場に吸い寄せられていく。

宿の上階の部屋に、道向かいの下町風情が立ち上ってくる。笑い声や怒鳴り声、女の高い声。パトカーがゆっくりとした速度で来て、通り過ぎる。

直感的にわかったのである。ここは、売春街だ。

階下に降り、飯を食いに行くついでに街に入っていく。ひときわ燦燦と明るいカフェのような店がある。思い切ってドアを開けた。

中央に通路がある。照明が白くまぶしい。両側にボックス席がある。香水の匂いと煙草の煙。

席にはトルコ人ではない白人女性がびっしりと座っていて、私を見ている。20人ぐらいはいただろうか。タランティーノの映画を観ているようだった。

私はたじろぎながら、なにごともなかったかのように中央の通路をまっすぐ歩いた。店員も、女たちも、唖然として私を見ている。なぜなら、私はモンゴロイド系のアジア人だからである。努めてゆっくりと、ゆっくりと正面を見ながら歩を進め、反対側のドアを押して外に出た。7メートルぐらいだっただろうか。

女たちはロシア人だった。トラブゾンに寄港するロシア船員や現地トルコ人を相手にしているのだろう。みんな10代に見えた。あの店は、置屋だったのか。

宿に帰り、眠りに落ちた。翌朝、屋上から黒海を見ようと階段を上った。扉が開いている部屋があった。ベッドには毛むくじゃらの大男が仰向けに寝ている。両脇に裸の女がふたり寝ていた。

フロントで宿代を払う際に、金額の件で少々もめた。いたしかたないだろう。売春宿に一般客が泊ったのだから。

バスでイスタンブールに戻り、ブルガリア大使館でビザを取った。陸路、鉄道でソフィアに向かう。国境でいかつい制服の男が入ってきて、パスポートとビザを持ってコンパートメントから退出する。何も悪いことをしていないのだが不安に襲われる。

国境を越えてブルガリアに入り、田園風景が広がる。牛が鋤を曳いている。

車両には私しか乗客がいないことがわかった。この車両は私のものである。陽も落ち、窓を開け、黒々とした大地に向かってサザンオールスターズの「希望の轍」を大声で唄った。終わると、知っている歌を片っ端から唄った。私も声帯も申し分なく健康で、与えられた時間は無限にあり、大陸ははじめて聴く歌を闇に吸い込んでいった。

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