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小さな岬の炭坑節

丘の上に車を停め、そこからは急な階段を降りなければならない。待っているのは白い灯台と小さな砂浜。テントを張りたければ張ってもいいですよという程度で、キャンプブームでもわざわざ荷物を担いで来ようという人はいない。

訪れたのは10月で、そこかしこが台風で破壊されていた。誰も来るはずがないのでソロキャンプを満喫できるだろうと目論んだのであった。

沖から小さな漁船が近づいてくる。遠浅の海に停めると人が次々と飛び込み、頭に荷物を載せて砂浜に歩いてくる。ノルマンディー上陸作戦のようだった。陸からも人が降りてくる。ひとりの世界があっという間に20人ぐらいになった。

彼らは地元の若い男女だった。今から台風で打ち上げられたごみを拾うのだという。泊めさせてもらう者として、私もビーチクリーンに参加を申し出た。不燃物と可燃物を分けて回収する。驚くほどプラスチックごみが多い。丸太の流木を担ぎ上げ、砂浜で燃やした。消防の許可を事前に取っている。

役場からふたり、視察にやってきた。キャンパーが飛び入りしていると聞き、私に礼を述べた。並行して別班がBBQの準備を始める。日が沈む頃にビーチはすっかり綺麗になり、流木を燃やす大きな炎がいくつも立ちのぼった。

私は灯台の下にテントを張った。ハンモックを張る紐がないというので、ロープを分けてあげた。誘われたBBQは料理人であるふたりが担当し、まさにプロフェッショナルだった。フエフキダイ、豚のスペアリブ、太刀魚のパスタ、チルアウトミュージック。

勧められるままに食べて飲んだ。夜も更け、みんなに浴衣が配られて着替える。夏祭りが中止になったので、2カ月遅れの盆踊りをするという。

流れてきたのは、民謡クルセイダーズの炭坑節だった。ラテン調でなんともかっこいい炭坑節。何度か振付けを確認して、いざ本番。私はカメラマンを買って出た。里から遠く離れた岬の突端で、若衆は踊った。

翌朝、前夜に焼いた鯛のあらで出汁をとったスープをご馳走になった。こんなにも美味いスープをかつて味わったことがあっただろうか。テントの前で珈琲を淹れ、風に吹かれていた。秋の海はキラキラと白く光った。

気がつくと岬には灯台と私だけで、他に誰もいなかった。


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