新しく考えていること。

別れてから3カ月弱。最近考えていることについて書き留めておこうと思う。

単刀直入に言うと、彼のことをかなり忘れてきているということだ。一か月前に書いた記事の時の、まだ残っていたダメージが嘘のように薄れていっている。自分でも驚くほど、すっきりした気分で、毎日を過ごしていくうちの彼のことを考える時間は減った、どころかほとんど無くなったように思う。

自分の中でなんとなくその原因が分かっている。自分が夢中になれることを見つけられたから。コロナで、学校は春学期の開始が遅れ、再開した今も授業はオンラインということで、外出はバイトか食料品の買い出しか、というかなり怠惰な生活を送っているが、そんな生活だからこそ出会えた、「自分が夢中になれること」。

昔から、メディアの世界にはかなり興味があって、テレビの中の世界には憧れがあった。特に、キラキラ輝いている人たち、大勢の人を動かす仕事をしている人たち、自分もそんな、影響力のある仕事をしたいと潜在的な感情が常にあったのだと思う。(実際、そんな気持ちの表れが、小学生時代の児童会長や高校時代の文化祭実行委員長だったのかもしれない。)このコロナ自粛中、中でも憧れの人たちの活動がいっそう精力的になり、日本中に元気を与えようと様々な取り組みを行い、実際その活動の影響力の大きさを目の当たりにする機会が毎日のように訪れている。世界レベルで人を動かすパワーを発信している彼らへの憧れが、日に日に増していき、極論を言えば「この人たちの一員になりたい。」という感情。しかしそれは私が女としてこの世に生を受けてしまった時点で100%叶うことのない夢である。(特段応援している2つの集団の共通項として「長く苦しい研修生時代を経て夢を掴んだ苦労人たち」ということがあるが、自分には挑戦することすら許されなかった夢を追いかけ続けて遂に叶え活躍しているという点が、より一層憧れや尊敬を強めているものと思われる。)その叶わない反動からか、最近はめっきり女装できなくなってしまった。夏が近づいてきたかのような暖かい日が続いているが、夏服でメンズものがほとんどないので困っている。買いに行かなきゃと思いつつ、出かける用も着替える用もないのでしばらくはあるものでどうにかしようと思う。少し話がそれたが、それで次第に派生した感情が、「自分は主役にはなれないけれど、この人たちを支える仕事がしたい。」というものである。狭き道であることは重々承知である。でも、一年後、おとなしく教採を受けて教員の道を進んで本当に後悔しないだろうかと考えたときに、大学入試の時のように「チャンスが増えるならやれることはやってみよう」精神で、就活をしてみてもいいのではないかと思った。まあ正直言うと、教員という道への気持ちはかなり薄れている。ずっと夢だったからって追いかけてここまで来たけれど、実際に勉強してみて、自分には向いていないというか、教員になっている自分をイメージできなくなってしまった。なんせこんなにも夢中になれることを見つけてしまったら、もうそれ以外の道でやり続けていく自信なんてなくなってしまうよそりゃ。親や恩師たちの期待を裏切ることになってしまうのかもしれないが、親はどんな道に進んだって心配してくるものだし、恩師たちへは無理して教員になるより自分の本当にやりたいことを見つけて自分にしかできない道を進む方が恩返しになるのではないかと思う。甘い考えなのかな、と少し不安だけど。今こんなにリアルに未来思い浮かんでしまって、思い通りにいかなかったときどうなってしまうのかという不安の方が怖い。それくらい、今はまっすぐ新しい夢を見据えている。

ただ夢見るだけじゃなくて、ちゃんと自分にできることは何なのかを考え始めた。教育から一旦離れて、障害者支援、特に聴覚障害の分野で自分にしかできないことを探したいと思った。もし思い描いた夢が叶うのならば、ライブの歌唱だけでなくMCや掛け声、舞台やミュージカルでの聴覚障害者向けの情報保障のシステムを作りたいと思った。この目標を達成するためなら、どんな過酷な仕事でも乗り越えられるような気がしている。こんな目標を実現するために東京でバリバリ働く大人になりたい。まずは武器としてもっと手話レベルを上げようと、この春から、NHKの手話ニュースを見て勉強することを日課にし始めた。これからも毎日1ページずつ、コツコツと蓄積していきたい。

自信がないわけではないけれど、親にこんなこと考えてるなんて知られたら卒倒されること間違いなしなので、実現が決まるまでは絶対に言いません。ここに誓う。マイナスな想像は本当はあまりしたくないけど叶わなかったら墓場まで持っていくつもり。絶対に言わないし、もしこの夢が叶って報告する時が来たら何を言われようと揺らがずに貫くつもり。

こんな感じの私の最近の大きな野望。

とまあ、ここまで書き連ねてきて改めて分かったけど、元カレ君の入る隙間は今の私の心にはありません。毎日こんなことばかり考えているんで。うじうじしてる場合じゃないんです。新しい未来が描けて、その中に彼の姿はほとんど映ってなかった。(付き合ってた頃、私が一番好きだった歌のフレーズ「君が描いた未来の中に僕は今映っているの」が今の私にとってはこの上ない皮肉である。)ごめん。前向かなきゃいけないんです。心の片隅で、でももし夢に失敗したときには拾ってくれたらなんて都合のいいことしか考えていない最低な奴です。だから忘れてください。今の私には、彼もまた彼で新しく明るい未来が見つけられていたらと願うことしかできません。

写真を見返すことも、前のインスタのアカウントを見返すことも、ずいぶん減った。さっきふと思い立って、ほんとに久しぶりに、一瞬だけ、大江戸温泉の時の写真を見返したけど、なんか違う人の写真を見ているような気分に襲われたよ。先の見えないくらい時代だからこそ、ポジティブにいこう。私は前を向き始めたんだよ。自分に言い聞かせてるみたいだけど。

1年半後くらいかな?夢叶えたときに、それを1人でも多くの人に祝福してもらえる、そして応援してもらえるような1年半を過ごしたいですね。自分磨き。磨くっていうより、鍛える。

こんな文章を、1年後の私が見たら何を思うのだろうかね。1年後の私が、現実突き付けられて絶望してるなんてことがどうかありませんように。まあどうなっても、自分の納得のいく道に進めますように。

以上、憧れの人たちの歌声をBGMに書き上げました。

なんたって、“It's my life”ですから。


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