マリア・カラス。 字面も響きも、なんとぴしりと整った名前であることか。 匹敵するのは、東西見渡して、チンギス・ハンぐらいか。 日本では? 空海か。 さくらももこ、がいた。
《ショパンの音楽について、アントン・ルビンシテインは次のようにいっています。ショパンの音楽は悲劇的であり、ロマンティックであり、抒情的であり、英雄的であり、ドラマもあり、ファンタスティックなものもあり、さらにはハートフルなもの、夢みたいなもの、ブリリアントなもの、マエストーソなもの、シンプリシティ、要するに全てだと。》イリーナ・メジューエワ著 『ピアノの名曲 聴きどころ 弾きどころ』 正月は妹家族が小さな双子を連れて実家に帰ってきた。 妹がここの"はまち"が好きだという理
《「もちろん、夢を見ることはあるさ」ある晩、彼は言った。》 600ページを超す文庫はこう始まった。 マイケル・ジョーダンが夢を? 我々の夢の果ての存在であるかのような彼が、なお、夢を? このように冒頭にして我々は意表を突かれる。 そして著者の名前を見て、再度、私は意表を突かれる。 ボブ・グリーン。 あの『アメリカン・タイム』シリーズで小気味良いコラムを書いていた人がこんな大著もものしていたとは。 構成の妙、文才がなす技を一瞬で体感したのは2024年年頭のブック
2024年頭所感です。
令和5年、俳句はほとんど詠まなかった。句会にもほとんど参加できていない。 ときどき短歌をつくった。あとから振り返ってみると単に57577に収まっている言葉の塊にしかすぎないのものが多かった。シャレっ気を込めようとしているものが多く、詩興に乏しい。それも個性ともいえようか。このまま死ぬのはごめんである。 3つ選ぶ。 〈運命が動きて鳴らす鐘の主 手練れの大工口少なげに〉 ベートーヴェンに取材した。運命と第九。余談になるが「久しぶりにベートーベンという綴りを見た」というかつ
レコードの原文解説の訳をします。 意図としては、自身の英語翻訳の勉強のため、日本語による解説では味わえないsomething elseを探ってみたいため、です。 本日は『the genius of Charie Parker #1 』(Verve)。ビッグバンドやストリングスが入っているため、うるさがたにはウケが悪いかもしれない一枚ですが、パーカー自身は望んでいた編成だったという話は有名ですね。そんな話は特に載ってはいなかった本解説です。パーカーの「ビバップ」への言及が載
「お茶の時間よ」 午後3時、先生は時計を見て言った。 「ほら、教科書をしまって」 僕は歴史の教科書をしまった。 「何にする?紅茶、緑茶、今日はマテ茶もあるけど」 「烏龍茶をもらいます」 「はい。凍頂烏龍茶があるわ」 フタつきの小さな茶碗、熱湯がなみなみ注がれた急須が運ばれてきた。青磁調の品々。 「それに月餅。よろしければ」 お茶の味が出るまで数分待つ。 静かなひと時が落ち着くと先生は言った。 「こないだはどこまで話したっけ」 「先生が今のダンナさんと出
東西南北容赦なく マスト張らずに美酒あおれ コンパスもいらぬ 風にまかせて美酒あおれ あれは光のマスト
先にはっきり言っておこう。 私の向かう先はノベルである。 ノベル。この世の中で私の全てを投げ打つに値する唯一のもの。 そして目的は一つ。 ノーベル。 征服するためのテクニック四十八手は君から教わろう。 あとは私が頑張る。 死ぬまでコトバを必要とするなら。
キャノンボール・アダレイの切々としたサックス〈I can't Get Started〉に続く、ナンシー・ウィルソンによる〈The Old Country〉の歌唱はどうだ。 熱いものを身体の芯から絞り出すようだ。 イスラエル民謡をもとにした曲で、メロディーはマイルス・デイヴィスやスタン・ゲッツがスウェーデン民謡『麗しのヴェルムランド』 を元に書いた『懐かしのストックホルム』(Dear Old Stockholm) に雰囲気が似ているという。 デリケートな曲調。 訳がしたい
「 My Story 」 image source | Miles Davis「Mystery」 lyric | 安住景都 Hi It's me これが俺一発屋のデビュー作 桜咲く 春のあけぼのに桜咲く Hi It's me これが僕純情派のデビュー作 口開ける 東雲の窓を押し開ける Hey What's UP? それが君のクサい処女作? 最悪 最悪 最愛の母が嘆く Hey What's UP? それが君のダサい処女作? どうすんの どうすんの 老いた父がマ
必然は全て偶然に導かれる。偶然が必然を呼び必然はまた偶然を呼び込む、ブラブラブラ。 私たちはその波にただ乗っているだけだ。岸につくまで。あるものはその前に溺れて死ぬ。 水は透明なのに海は何故青い。 人の視覚によるというのは本当か。 海が青いのか、それとも青く見えるだけなのか。 水のことも海のことも私はまだ知らない。 波の飛沫は白だ。白に見える。
繊細なようで頑丈なジャパンメイドのガラスの棚が私の部屋にあり、そこにはCD、本、DVD、ポストカード、アルバムといった私の分身になるような品々が陳列されている。 このガラス棚はクラッチバックを携えたリユースショップ巡りの際に思いがけず出会ったものだ。 一見し予兆が訪れた。それはビビっという稲妻の類いではなく、静かな波がふわっと肌に溶けるように寄せ、いつのまにか全身を包む、そんな感覚だった。なめらかで、あったかい幸せを運ぶ波だ。 それを裏付けるように、こうべを垂れる某とか