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愚痴聞き屋、訪問いたします。

これまで、「サードプレイス、サードプレイス」と唱えながら、長野駅前での無料で愚痴聞きますを開催してきました。

僕が大学3年生のとき(2012年頃)ぐらいからでしょうか、コミュニティだとか、地域活性化だとか、いろんなところでそれらをコンセプトにした場作りによる「居場所」が出来上がっていきました。
いろんな場に足を運びましたが、どこもしっかりとした目的意識を持った方がいて、個性的に美しくデザインされていて、馴染みのメンバーが集まっている。

素敵な場ではあるのですが、できあがった場に入り込むのが苦手な僕にとってはその場に入っていくハードルが高く、逆にその場があることによって自分が疎外感を感じることもありました。
なんか意識高い人たちが集まってる、なんかすごい人たちがすごいことやってる。
そこに入れない人たちに疎外感を感じさせる「居場所」は、一番あってはならない「居場所」のあり方だと僕は思いました。
「居場所」はもっとゆるくて適当でいい。ただ「居ていい居場所」が「居場所」なのだ。そう感じました。
その居場所の在り方を、サードプレイスという言葉を勝手に使って実践してきました。

敷居の高い場にしたくない、と考えて、駅前で無料で愚痴聞きますを4年ほど継続してきました。ビニールシートと看板で誰でも寄ることができる最強にゆるい居場所を作れることが分かりました。誰にでもできるし、誰にでも開かれている。

ただ、一つ課題がありました。それは、愚痴聞き屋に話しかけてくれること自体に勇気(度胸?)が必要だということです。
駅前で訳の分からん人たちがポツンと座っていても、即話しかけようとなる人はほぼいません。
僕たちは下町の八百屋さんばりにいらっしゃいませを高らかに連呼し、ビニールシートに座って客を待ちながらも営業を仕掛けていくスタイルでやってきました。

おかげで、これまで、本当に本当にたくさんの人たちが立ち寄ってくれて、愚痴をきっかけにした会話から、たくさんの笑顔が生まれました。

地域福祉としての愚痴聞き屋

愚痴聞き屋は次のステップの実験を行います。
次は、あなたのもとに、サードプレイスをお届けします。
「動くサードプレイス」となり、これまでは恥ずかしくて話しかける勇気のなかった人たち、そもそも駅前を普段歩くことがない人たちにも、居場所を提供してみたいです。

さらに今回の取り組みは、今まで僕自身が福祉の仕事に3年半従事してきた経験から、愚痴聞き屋×福祉の要素をかけあわせています。

福祉の仕事をして気付いたことがあります。
それは、支援が必要となり行政に繋がる頃には、問題は進行していて、そこからの支援は困難な場合が多いということです。
問題が深刻化する前に、誰かがその人とつながることによって、クリアできた問題があるということを知りました。

適切な福祉サービスに繋がらず、借金が重なってしまった、栄養失調になってしまった、孤独死してしまった、犯罪に至ってしまった、ひきこもってしまった、精神障害を持ってしまった。そう思わせるケースがたくさんありました。

どうすれば、支援が本当に必要となる前に、ゆるやかな支援を入れることができるのか。考えました。地域にコミュニティカフェを作ればよいのか?いや、そういうところに自ら顔を出せるような人は、周りをちゃんと頼りながら生きていける気がします。問題は、自ら誰かを頼れない人をどうするかです。

たぶん、誰かが入っていくしかないのではないでしょうか。地域に、ではなく、その先の、個人にです。
なので、愚痴聞き屋、入っていくことにしました。

「愚痴をきっかけとした対話の中から、生活の困りごとを発見する」

愚痴聞き屋としてやることは、まず要望があればそれにできる限り答えること。第三者だからできること、を大切にしたい。

そして、愚痴をきっかけとした対話の中からその人の生活をちょい見させてもらって、その人の生活における課題を探ること。できたら、愚痴聞き屋がハブとなり、適切な機関につなげたり、解決のお手伝いをしたい。

そしてその先、目指すところは、その人たち一人一人の存在価値を保証すること。その人を社会に開き、社会とのつながりを作り、社会全体で見守り合える状態にできればたぶん最善です。

2019年1月21日(月)から2月22日(金)までの実験的取り組みとなります。
よろしくお願いいたします。

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