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街コンにはじめて行ったときの話


海を生きるように君は孤独に生きてきた。その孤独の海が君を育んだ。嗚呼、それでも君はいま岸へ向かうというのか。


約束の時間までにはまだ時間がある。そんなニーチェの詩を反芻しながら、僕は寄せては返す海を眺めていた。
ニーチェは生涯独身だった。孤独こそが彼の思索を深めるための母体だったのだろうと想像した。
広くて深い、多様で、そして冷たくて仄暗い海。僕は今まさに、その孤独の海を捨て、岸へ向かおうとしていた。

その頃。僕は初めて街コンというやつに参加した。
街コンといっても、いわゆる一般的な卓を囲んで飲み食いしながら話すという感じではなく、観光地を男女で、歩きながら話すというスタイルだった。

男女、15人対15人くらいで、列になって歩き、簡単なプロフィールカードを交換しながら、1人当たり3分くらいで参加者全員とのトークタイムが設けられた。

このトークタイムで僕は村上春樹の影響力というものを思い知らされた。

僕はプロフィールカードの趣味欄に「読書」と書いていた。(正直「読書」はウケ悪そうだと思ったけど)すると、必然的に「どんな本を読むんですか?」という流れになる。
その質問に今回僕は全て「やっぱ村上春樹ですかね・・」と答えてみた。
すると、この質問をしてきた全員、春樹のことを知っていて、「読んだことがある」というのである。
さすが、世界で一番読まれている小説家なだけのことはある。
春樹恐るべし。このようにして春樹ミームは連綿と受け継がれていくのだろうか。

そんなこんなで割と楽しく話すことができた。ずっと忘れていたあのある種の高揚感のようなものを取り戻したような気がした。

全員と話終わったら、解散場所を決めて今度は1時間のフリータイムだった。
どちらかというとこちらのほうが精神的負担だった。なぜなら決められた相手ではなく特定の誰かに話しかけないといけないから。

実は気になる子がいたんだけど、社交的そうな男と終始二人で話していて、なんだか、近づくに近づけなくなった。そうこうしている内に時間が過ぎ去っていった。
そして、気がついたら結局誰かから声をかけられるのをひたすら待つ、芋に成り果てていた。

ここにきて、春樹メンタルが発動してしまったのだ。春樹の書く主人公は超受け身なのに、自然と物事が進展し、女が寄ってくる。だが、そんなのは春樹の小説の中だけだ。
現実ではありえない。春樹は世界で一番読まれているのかもしれないけど、春樹の主人公じゃダメなんだ。


結局最後まで、連絡先は聞けなかった。
なぜ声をかけないのか。それは拒絶されてしまったとき、あるいはうまく立振る舞えなかったときに傷つくから。傷つきたくないから。だがそれは相手も同じだ。頭では分かっている。
僕はこんなことを何度繰り返すのだろう。「勝利とはリスクと等価交換に手にするもの」と誰かが言っていた。これまで散々、骨身に染みてきたはずなのに。


どこか空虚感を抱えながら、僕は帰りの駅に着いた。

そこに、男性参加者のKさんがいた。どこか哀愁のようなものが漂っている。
Kさんは僕より5歳くらい年上である。イベント中、緊張気味の僕に、「こういうのに参加するのは初めて?」と声をかけてくれた人当たりの良さそうな人である。


僕「あ、お疲れ様です。」


Kさん「君か、誰かと連絡先交換できました?」

僕「いや、なかなか話しかけられなくて・・」

Kさん「わかるよ。僕も引っ込み思案なタイプだから。」

僕「誰かと、交換できました?」

Kさん「1人だけ・・ね。でもどんな人だったかあまり印象に残ってないんだ。」

僕「そうですか・・。」

Kさん「よかったら、LINE交換しませんか?また、こういうイベントあったら一緒に行きましょうよ。」

僕「はい。ぜひ・・。」

Kさん「男ですみません・・。」

僕「いえいえ、ありがとうございます。また機会があったらお願いします。」

Kさん「うん。それじゃ・・。」

電車がやってきて、Kさんは人波にさらわれて、消えていった。

そんなこんなで、今回の街コンの成果はおっさん1人と連絡先交換をしただけだった。
いったい何しに行ったんだと思われるかもしれない。


でも、そのKさんの存在に僕は救われた気がした。


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