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「ネタバレ」が怖くなくなってきた【成長か無気力か】

映画はお好きでしょうか。
私はそこまで見ることもなく、見ないこともないです(曖昧)
具体的な数字で言うと月に一本は見るけれど、週に一本は見ないなと言う感じです。
それでも年間を通すと20~30本は見ていると思うので、見ていない人間ではないなという数だと思います。

そんな「映画まあまあ好き」の私が極端に恐れるものがあります。
それが「ネタバレ」。
ネタバレが好きな人なんてものはそもそも居ないと思いますが、私は極端に嫌いでした。でした、です。過去形です。タイトルの通り。

悪意のあるネタバレは本当に悪です(語彙)
人から楽しさを奪うんですから。それはもう、悪です。悪と言うしかありません。
例えば私が今更ターミネーター2に対して「最後、シュワちゃんが溶鉱炉に沈んでいくんだよなあ」とネットで書いたとしてもこれは悪意のあるネタバレではありません。
だってターミネーター2なんて30年以上前の映画ですし、このエピソード自体が有名ですもんね。
悪なのは最近の映画の、しかも悪意を持ったネタバレです。
例えばこんな例です、と私が言おうものならそれこそ皆様は私に石をぶつけていいし、冒険を吐いてもいいです。あとから訴えますけど(バキバキの目で)

しかしながら、それもなんだかこのネット社会だともう気にしなくても良いかなという気もしています。
もちろん積極的にネタバレを許す気はないですが、極端にSNS絶ちなんてしなくても「主人公の兄は主人公をかばって死ぬ」くらいなら別に良いかなと思ってしまうのが最近の私の心象です。
なぜなら映画ってそれだけじゃないからです。
先程のターミネーター2の例。
文字にすると「シュワちゃんが溶鉱炉に沈んでいく」ですが、そこには様々な仮定があっての溶鉱炉なわけじゃないですか。
「さっさと失せろベイビー」とか「泣くことは出来ないけど、なぜ泣くかはわかる」とか様々なシュワちゃんの成長を経て、ジョン・コナーの信頼を経ての溶鉱炉だからあそこは名シーンになっているわけです。

だから「主人公の兄は主人公をかばって死ぬ」という場合でも
「なぜ主人公は兄にかばわれないといけないのか」
「どうやってピンチになったのか」
「そもそも主人公の兄との関係は」
「かばうという行為にどういう意味があったのか」
「兄の存在は元から明かされていたのか」
とか色々なものを経て「かばう」という結果に説得力や行動の重みが出ると思います。
なので今までよりはネタバレを気にしなくなりました。
結果よりも経緯というやつですね。

これは私が成長したのか、それとも物語に対しての本気さが減ったのか。
前者だと信じたいですが、そしたらもっとネタバレに必死になるんでしょうか。

あなたは、ネタバレをどう思うでしょうか。
よろしければコメント欄にして意見をいただけたらと思います。
それでは。





おまけ

これは私が8月に出たゲーム「東方獣王園」をネタバレせずに感動を伝えたかった感想です。


……少なくともエッセイストを目指すやつの感想じゃないな?!

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