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Traveler's Voice #14|木村絵理

Traveler's Voice について

Traveler's Voice は特別招待ゲストの方からエスパシオに泊まった感想をインタビューし、読者のもとへ届ける連載記事です。この企画の目的は”自分ではない誰か”の体験を通して、エスパシオを多角的に知っていただくことと、ゲストが日頃行っている活動を合わせて紹介するふたつの側面を持っています。ご存じの方も多いと思いますが、エスパシオは「いつか立派な観光ホテルになる」と心に誓った山口市にあるラブホテルです。この先どんなホテルに育っていくのか、まだ出発地点に立ったばかりですが、この企画を通してゲストの過ごし方や価値観を知り、計画にフィードバックしたいと考えています。インタビュアー、執筆、カメラマンを務めるのは「エスパシオ観光ホテル化計画・OVEL」を進めているプロデューサーの荒木です。それではインタビューをお楽しみください。


ゲスト紹介

Travelers Voice 第14回目のゲストは木村絵理さんです。木村さんは山口市にあるスペシャルティ珈琲店「Saï Coffee Roastery」で焙煎士をされています。出身地である福岡県那珂川市から2017年に山口市に移住し、さまざまな職業を経てスペシャルティー珈琲店の焙煎士として活動しています。今回のインタビューでは焙煎スペシャリストからお仕事のことやライフスタイルについて、合わせてエスパシオの宿泊体験についても聞いてみたいと思います。


木村さんが泊まったお部屋紹介

木村さんに宿泊していただいたお部屋は405号室です。ストライプの壁紙に優しいチェックのソファが馴染む、スタンダードルームです。


インタビュー

Araki:おはようございます。さっき齋藤さんに珈琲の話をいっぱい聞いてきた直後だからこれ以上コーヒートークを深掘りできるんだろうかと心配だけどゆるっと始めさせていただきますね。今日は宿泊していただきありがとうございます、天候にも恵まれてなんだかいい写真が撮れそうな予感がします 笑。木村さんとはサイコーヒーの店頭でお会いするだけだからあまり前情報がありませんが、せっかくのインタビューなのでプレイベートなこともいろいろ聞けたら嬉しいです。ではでは、まずはエスパシオに泊まってみていかがでしたか。

Kimura:とても快適でゆっくり過ごせました。でも家と比べてどちらが良いというわけでもなく、わたしはどこにいても幸せを感じとれる体質なので、ここで過ごした時間もいつもの時間と等しく快適でした 笑。わたしってあれなんです、家とその周辺が大好きな人なので、基本的に散歩しているだけで充分楽しめるんです 笑。

Araki:それは羨ましい体質ですね 笑。となると、久しぶりに家周辺からはなれて過ごしているわけですが、部屋ではどのように過ごしましたか。

Kimura:いつもは朝6時に起きるんですけど、せっかくのホテル滞在だし少しだけゆっくり眠ろうと7時に目覚ましをかけてベッドに潜り込みました。なのに、ちょうど6時に目が覚めてしまって 笑、習慣性ってすごいですよね。目覚めたあとは日の当たる場所を求めて部屋の中をもそもそ移動して、何度も読み返している小説の世界に再び潜り込んだり、コーヒーを淹れてみたり、朝もう一度お風呂に入ったりして過ごしました。家でもそうなんですけど窓から差し込む光がめちゃくちゃ好きで、時間によって変化する自然光をもとめて部屋の中を移動しながら過ごすのが習慣になっています。

Araki:なんだろう、寛ぎのプロですね 笑。ひとそれぞれ持っている習慣をエスパシオの空間で再現することは理想的な使い方だと思っているので、嬉しいです。それにしても、特別なことをするわけでもなく些細なことから幸せを感じ取れるのはひとつの才能だと思います。持ってきたお気に入りの本を紹介してもらってもいいですか。

Kimura:千早茜さんの「透明な夜の香り」です。人並外れた嗅覚をもつ調香師と関わりを持った女性の一人称で書かれた小説です。香りから様々なことを読み取れてしまうことを生業とする一方でその弊害に苦しんだり、読んでいると自然とこちらの嗅覚も鋭敏になって、本の中から香りが立ち込めてくるような、とても不思議な読書体験ができる作品です。情景描写がとても美しくて何度も読み返しています。

Araki:特殊な能力をもった人が現代社会で生きる物語り、ファンタジーではなくSFっぽい要素が含まれているんですね、興味あるので読んでみます。それにしても、何度も読んでいるのにこんなに綺麗な本の状態を保っているところに木村さんの性格が表れていますね 笑。香りにフォーカスした物語といえば、木村さんも焙煎士だから共通点があるような気がしますが、どうなんでしょうか。

Kimura:そうですね、焙煎士には人それぞれスタイルがありますが、わたしの焙煎方法は機械による数値化に頼りきるのではなく、香りという身体感覚を頼りにしていることが特徴だと思っています。湿度や温度、季節によって空気の匂いは移ろうものなので、その時々の環境に合わせて自分のからだで確かめるように焙煎しています。五感のなかでも嗅覚と味覚は外部のものを直接体内に摂取することで”受入れ”を確かめる器官だから、飲んでくれる人と同じように作り手も身体的に知っておきたいという想いがあります。とはいえ最近はテクノロジーも発達しているので、実際は身体と機械をうまく組み合わせるようにして焙煎しています。個人的には香りで判断しているときがいちばん想像力がはたらく感じがして、そこが焙煎する心地よさなんですよね。

Araki:たしかに、ときどきお店で焙煎している姿を見ることがありますが、焙煎に向き合っているときの集中力と、それでいてどこか遠くの景色を見ているような姿が格好いいなと感じていました。焙煎しているときはどんなことを考えていますか。

Kimura:1杯のコーヒーには物語があるんです。途上国で育てたコーヒーチェリーの実を摘んで、精製、洗浄、発酵、乾燥、脱穀、選別、ここまでを生産国で行い、海を渡ってサイコーヒーまで届いた生豆をひとつぶひとつぶ選別しなおして、そこから選び抜かれた生豆を焙煎し、ようやくバリスタが抽出したものがカップに注がれお客様の手に渡っていきます。珈琲って減点方式で味が決まるんです。生豆の状態を100とすると、そこから焙煎し抽出する工程の中でできるだけ100を保つための技術を磨くことがスペシャルティコーヒー店の仕事です。どれだけバリスタが優秀でも焙煎がダメなら美味しい珈琲を抽出することはできません。だから生豆の品質の次にある焙煎はとても重要なポジションだからやりがいを感じているのですが、それよりもっと大切なのはやっぱり生産農家に委ねられた生豆の品質です。そして、品質の高い生豆を作ってもらうためには「生産農家が幸福になれるシステム」を築き上げることが必要なんです。それがフェアトレーディング・ダイレクトトレーディングと言われている取り組みです。わたしは1杯のコーヒーが注がれるまでの”長い物語り”を知ってしまった1人なので、焙煎しているときは消費者だけでなく生産者にも意識を向けて作業するようにしています。

Araki:サードウェーブとかスペシャルティと呼ばれることの背景にはそのような取組みがあるんですね。生産国を守るための流通システムの改善はあらゆる分野で取り組まれていますが、そのなかでもサードウェーブコーヒーは透明化が進んでいて生産者への還元率も上がってきているように感じていますが、どうなんでしょうか。

Kimura:改善はされているけど、まだまだこれからだと思っています。わたしがフェアトレードを知ったのはサイコーヒーと出会った2019年なんです。福岡に住んでいたときはそんな流通の問題を知らずに珈琲をただ消費していました。もっと早くフェアトレードを知っていれば購入先を正しく選択できていたのに、なんて勿体無い時間を過ごしていたんだろうと無知であったことに反省しています。でも、わたしと同じようにフェアトレードについて知らない人はまだ沢山いると思っていて、できるだけ広くその事実を知ってほしいという想いで豆を焼いています。とはいえ、消費者にとっては生活のひとときを彩るための1杯でしかないので、そのことを押し付けがましく語るつもりもなく、美味しいなと感じてもらいながら徐々に気がついてくれれば良いと思っています。

Araki:スペシャルティと言うと上質なものを高価に提供するサービスだとイメージされてしまうので、フェアトレードの取組みを知ってもらうためにはもう少し伝えるための工夫が必要なのかもしれませんね。あまり知られていないけど、フェアトレードを達成するための方法論として生まれたのがサードウェーブコーヒーで、生産者と消費者が品質を共有するために新たな美味しさの指標が作られました。この目的と手段を逆に捉えている人はまだまだ多いような気がします。ではではコーヒーから少しはなれて、木村さんが山口で暮らすことになった経緯を教えてください。

Kimura:わたしは福岡県那珂川市のベッドタウンで育ちました。結婚を機に山口に移住したのが2017年です。福岡に住んでいたときは看護師とエステティシャンをしていて、山口に来て最初についた職業が介護でした。職場が家から歩いていける距離で最高だったんですけど 笑、よくよく考えると介護は歳をとってからでもできる仕事だと気づき、20代でしかできない仕事をしようと思い始め、そうなるともうスタバしかないだろうと安易な考えが頭をよぎって 笑、そのときたまたま散歩で立ち寄った開業したばかりのサイコーヒーで飲んだコーヒーに衝撃を受けたんです。その翌日に早速面接してもらうことになりました。実はそれまでドリッパーの意味すら分かっていないコーヒー門外漢だったので、今考えるとこんなわたしを雇ってくれたことにとても感謝しています。そういえばあれからスタバ行ってないかも 笑。

Araki:おおー、齋藤店長いい仕事してますね 笑。でも木村さんと話していると分かるような気がします。味覚のセンスを買われた側面もあるだろうけど、それ以上にそれを言葉にするセンスも備わっているし、なにより纏っている空気感が素敵だとおもいます。木村さんにとって山口はどんな街ですか。

Kimura:わたしが生まれ育った福岡県那珂川市はベッドタウンなので、それと比べると山口は樹木の生え方ひとつとってみても野生感が強くて、はじめはその自然の強さに圧倒されていたけど、でもさっきも言った通り、わたしは環境適応能力が高いので、はじめに抱いた異質感にもすぐに馴染むことができました。茶色いフィルムのように見えていた景色が毎日使い込むことで色鮮やかに見えるようになってきた、そんな感じです。福岡にいたときもそうだけど、とにかく家の散歩圏内が大好きなので、家の前に広がる田圃風景がとても気に入っています。でもそれもたまたまそこに田んぼがあったからそう感じているだけで、例えそれが大きなビルであっても好きになれていたのかもしれません 笑。ほんとに、歩くだけで幸せになれるんです。

Araki:なるほど、物事に優劣をつけるような美的感覚ではなく、どんな状況にでも等しく価値を見つけ出すことができる、あるいは状況に応じて自分自身を変化させることができているのかもしれませんね。でもそうなるとひとつ疑問があるのですが、そういう価値観の人はあまり職を変えず淡々と生きているような気がするのですが、木村さんはそうではなくて、看護師、エステティシャン、介護、ちょっとスタバに惹かれつつサイコーヒーに着地、というように色んな職を点々としています。そこに矛盾のようなことは感じていますか。

Kimura:そうなんです 笑。理想の自分とその時々の自分が乖離しているのは自覚しています。もちろんどの職業に就く時も、その場で一生働く心構えで就職するんですけど、もともとの深掘り体質が影響してか、結果的に仕事の幅を広げる選択をその都度しているんだと思います。そのことについて自分の中ではあまり良しとは思っていなくて、実は看護師もエステティシャンもずっと続けていたかったのに一体なぜ自分はそういう選択をしてしまったのだろうと悩んでもいます 笑。珈琲屋の選択はそれとは少し違いますが、若い内にできることという理由から始めたことが、気が付くと4年も経っていて、なおかつ入社当時より仕事が楽しくなってきています。仕事内容に魅力を感じていることもそうだけど、サイコーヒーって働きやすいんですよね。

Araki:そうなんですね、理想像がクリアに見えているけど、そこにそぐわない自分と戦っているんですね 笑。あれですね、自分のとってきた選択を肯定するひとは沢山いるけど、選択のジレンマをそのまま素直に語れる人ってなかなかいないかも、特にインタビューでは聞き出せないことのような気がします 笑。その生真面目なところが他者と信頼性を深める手助けになっているような気がするので、サービス業に向いているのかもしれませんね。それではもう少し、木村さんの考える理想の自分について教えて下さい。

Kimura:わたしには目標があって、人生を終えるときに「よりよい人格でありたい」という強い想いがあるんです。油断するといろんなことに興味を持ってしまう自分と、ひとつのことを深掘りする自分が共存していて、それぞれに利点があるのは分かってはいるけど、どちらかといえば後者に憧れていて、ひとつのことを愛し続けることができる人格者になりたいのかもしれません。その理想の自分になるために、身の回りの情報を減らすように環境を整えているんだと思っています。

Araki:おおー、大きく出ましたね 笑。話し方やボキャブラリーの幅で分かるんですけど、木村さんは好奇心旺盛でなおかつ深掘り体質だから、それゆえに情報量をある程度意識的にシャットダウンする必要があるんでしょうね 笑。そうそう情報と言えば、地方に比べて都市は情報が多いと言われているけど、それって少し違っていて、情報量はどちらかと言えば自然の多い地方の方が多いと思っています。都市に多いのは情報ではなく「記号」なんですよね。記号には意味が付着しているので、無数の記号に囲まれると疲れる人は沢山いて、木村さんもそのひとりなのかもしれないと思いました。なんだかこの方向でいくとインタビュアーではなくカウンセラーになってしまいそうなので 笑、少し話を戻しつつクロージングに向かいますね 笑。結果的に長く働くことになったサイコーヒーで実現したいことはありますか。

Kimura:そうですね、珈琲は嗜好品のなかでも日常で手に入れやすいものだから、その手軽さが高級レストランとは違う良さだと思っています。もちろん提供するなら美味しさを届けたいとも思っているけど、それよりも大切なことはスペシャルティコーヒーを飲むことが生活の中に溶け込むことです。そのためには来てくれる方の人柄やその日の気分を汲み取って、その時々に最適な珈琲を薦めるセンスが必要だと思っています。スペシャルティコーヒーを飲むことが習慣化されると、それはまわりまわって生産者の生活を支えることにつながります。フェアトレードを意識的にできる人ばかりではないから、そのためにわたしたちが日々店頭で行う接客センスに磨きをかける必要があるんだろうなと日々感じています。嗜好品に限らず選択は自由であるべきだけど、複雑化した流通システムの先にアンフェアなことが起きてしまうことだけは避けなければいけません。年々加速する経済の中で手遅れになってしまわないように、出来るだけ早くスペシャルティコーヒーを習慣の一部に加えてもらいたい、それがわたしたちの実現したいことです。

Araki:素晴らしいですね。齋藤さんもそうだったけど、サイコーヒーはみんな志が熱いですね。そんな珈琲店から豆を仕入れることができているエスパシオもなんだか鼻が高いです 笑。最後にちょっと余談ですが、ブルーボトルコーヒーの社長が言っていたことをふと思い出しました。ブルーボトルでは良い店をつくる条件として「素材・ホスピタリティ・空間」3つの組み合わせで考えているようです。素材はコーヒーという商品そのもので、ホスピタリティはそれを伝えるための接客、空間は伝える人とそれを受け取る人のコミュニケーションを演出するための場所だと言っていました。これはとてもシンプルな考え方だけどいろんな職業に当てはまるような気がしています。ホテルは「素材」という場所を埋めることがとても難しいジャンルだからみんな頭をかかえているけど、逆に言えば「素材」をつくることさえできれば飲食店のように消費することの満足感や強い共感性を得ることができるのかもしれません。最後にひとりごとのようになってしまいました、すみません 笑。ではでは、長い時間インタビューに答えていただきありがとうございました。また散歩がてらコーヒー飲みにいきますね。

P.S.
インタビューを文字に起こす前にお勧めしてくれた小説を読みました。ネタバレになるから内容には触れませんが、木村さんが纏っている空気感や大切にしていることがそこに表れているようで、このインタビューと合わせて読んでいただけるとより一層彼女に迫ることができるかもしれません。とても素敵な小説でした。


day of stay:April 18, 2024

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