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06.嗜好の変化

文化の変化をスタンダードの変化とするなら、嗜好の変化はトレンドの変化である。

トレンドと流行は見分けがつきにくいけれども、トレンドの方が流行よりも社会に影響を与える時間が長く、流行からスタンダードは生まれないが、トレンドはスタンダードの土台となり得る可能性を持つという違いがある。

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流行は一時的に人々が支持する行為で、トレンドは一時的であるにしても継続性があるにしても、社会的に必要とされ、社会の流れに沿って支持される。

好みや欲求に大きく左右されて終わる流行ではなく、トレンドは消えるにしても残るにしても、スタンダードの発達や創造に不可欠な要素になる。
このトレンドが普及するまでの期間は、長くても3〜5年である。
流行と呼ぶには長く、スタンダードと呼ぶには継続性の足りない期間である。

たとえば、インターネットにおけるメールマガジンがこれに当たる。
メールマガジンは現在もスタンダードなサービスとして定着しているが、かつてのような勢いも、インターネット社会での地位も持たない。
トレンドから生まれたスタンダードなサービスである。一時の流行ではない。
このトレンドの変化が、嗜好の変化である。

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近代に入って蒸気機関が発明され、19世紀に蒸気汽船によるサービスが発展、展開すると、旅行や移動の概念が変化した。
蒸気汽船によってヨーロッパとアメリカの定期航行が可能になり、大西洋を越える長距離移動がより安全に、速くできるようになった。
この変化自体は

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である。
技術の変化を取り入れることによってサービスを提供したのが蒸気汽船を運航させている汽船会社である。

しかし、旅行という

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もあった。
この嗜好の変化を観察し、分析してサービスを再定義させたサービス提供者の中にルイ・ヴィトンがある。
ルイ・ヴィトンはこの嗜好の変化に対応して、長距離(つまり長時間)の旅行に適した大きなカバンの製造に乗り出した。
当時はメイドに鞄を運ばせるのが常識であったため、重さや大きさを考慮する必要はなく、鞄は大型化し衣類は数多く収納できるようになった。
そして避暑地で使うことができるように椅子に変形する鞄を作れば、船の中で退屈しないように本棚になる鞄も製造した。靴箱専用の鞄もあった。
嗜好の変化に対し、考えることのできる限り必要な鞄を何でも製造した。
ただし、品質に関しては絶対的なこだわりで挑んだ。
つまりコンセプトをサービスに反映した。

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鞄の密閉性は特に定評があり、船が沈没して海中に投げ出されても鞄に海水が浸入しないため、必ず浮くように作られていた。
実際にルイ・ヴィトンの鞄によって一命を救われた実例もある。
これが嗜好の変化に対応してサービスを再定義したケースである。

ルイ・ヴィトンのケースは技術の変化から嗜好の変化が生まれた例だが、文化の変化から嗜好の変化が生まれるケースもある。

その昔、抹茶といえば一部の上流層だけがたしなむものだった。
時代が変わり、文化が変化することで、明治になると一般庶民も抹茶を楽しむことができるようになった。
良くも悪くも抹茶は大衆化した。
たとえばこの頃から女性が嗜むことができるようになった。

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今日抹茶はさらに普及し、喫茶のある和菓子屋や観光地の寺などでも飲むことができるようになった。

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によって抹茶を提供するというサービスが再定義された。

しかし

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抹茶を和菓子屋の喫茶で楽しむことができるような時代になると、甘物の種類が増えた。
和菓子屋でも種類が増え、新たに洋菓子が加わった。
和菓子屋の数も増えた。
これは流通の発展や技術の革新によって甘物の種類と量が増え、保存が可能になったということもある。
たとえば真空パックの発明によって羊羹などは一気に消費期限が延長され普及した。

甘物の種類が増え嗜好が変わったことにヒントを得て、抹茶を提供するサービスを行っているある京都の老舗が、抹茶を甘物に組み込み、西洋風にして提供しようと考え出した。
抹茶を伝統的なお茶としてではなく、抹茶パフェや抹茶わらび餅に変化させ提供した。
変化は純粋に商品の変化だが、その商品を提供するサービスが再定義された。

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これまで抹茶は飲み物としてのどを潤し、和の文化をたしなむために提供されてきた。
しかしこの老舗のサービスは抹茶というくくり、あるいは甘物というくくりを再定義して、抹茶ベースの甘物を再生することで新しいサービスの意味を生み出した。
抹茶からイメージされる和的な嗜みを、抹茶パフェは純粋にデザートとしての楽しみに変えた。
カフェ感覚でコミュニケーションを取る媒体として利用されるようになった。
厳粛に侘び寂びを味わうものではなく、喉を潤すものでもなく、甘物として会話を交わしながら楽しむものと再定義された。

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嗜好の変化は、よく顧客のニーズと混同される。
2つは別のものである。
顧客ニーズは基本的に画一的ではない。
人によって望むこと、欲することが異なる。
これは画一的であるサービスと相容れず、サービスの再定義の参考にはならない。

しかし、社会の流れとしての嗜好であるトレンドは画一的である。
蒸気汽船が発達すれば、旅行という嗜好が生まれる。
その流れは画一的である。

その嗜好を必要としない人も数多くいる。
嫌う人もいる。
しかし、嗜好は社会の流れに沿って必ず生まれる。

嗜好は、顧客のニーズという流動的な流れによって変化するのではなく、トレンドとして半必然的に発生しサービスに再定義をもたらす。
顧客のニーズと混同せずにトレンドをトレンドとして先取りし、再定義・再生させたサービスは強いブランドを築く可能性が高まる。

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ただし次々発生するトレンドを常に取り入れてはならない。
サービスが取り入れることのできるトレンドは、嗜好の変化によってこれまでのサービスを再定義しなくてはならない場合だけである。
次々とトレンドを取り入れ、その都度サービスを変化させてしまっては、提供すると決めているサービスがあいまいになる。
あいまいになったサービスはお客の信用が薄れて、ブランドが崩れてしまう。

嗜好の変化は、蒸気汽船の発達のように技術の変化と密接な関係がある。
または抹茶を提供する文化の変化ともかかわりがある。
つまり嗜好の変化は、時系列で技術の変化、文化の変化の後に来る変化である。



前話: 05.文化の変化
次話: 07.人口構造の変化



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