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「知」ぐらいしかできることがない・・・?【日記】

「頭が良ければ人よりも俄然上手くいく」・・・という勘違いってあると思う。似ているのは「お金があればあるほど以下同文」だと思う。

自分の頭の良さは学業とか成績からは対極のところにあるので、なにしろ社会的には全然通用しない。通用するように仕掛けたり組み立てることはできるけども、その気が全然起こらない。
ルールに合わせるとか体系を理解するとかすごく苦手で、最近もなんだったか忘れたけど、言葉を間違えていることを指摘された。
文章も書けるし、なんなら人より遥かに文字と発言をしてきたし、活字を読んだ量も半端ないと思うけども、しょうもない間違いというか、信じ込んでいる間違いをふと指摘される。


昨日「知覚構造心理プログラム」がはじまって(😎は講師側)、頭良くなりすぎると行き場なくすよ?と、これから知力アップする方々に希望のない未来の現実を伝えてしまった。

俺の頭の良さはどこまでも「抽象概念を論理化」するところにある。付随して本質的な質問力が高いとか、立体的な構造を把握できるとか、なんかそういうのもある。
けど、こう書いてるのを読んでもピンとはこない。ナニソレ?となる。

そしてビジネスなり研究なり、外国に行きまくって住みまくるとか女性と付き合いまくるとかいろいろとやってきたけども、最終的に残るというか「できる」ことは結局知力使うことぐらいしかないな、と思った。


ただまぁ、なんというか
飽きてはいないしても小慣れすぎていて新鮮味はないし、ここに全振りして人生ゲームを切り抜けようとも思っていない。といって何かの価値を創造するのは(こっちは)飽きた。

徒然に書いてるだけなのでオチはないが、あ、そうだ。
行きつけのスタバのおねいさんが仕事終わりに帰っていく後ろ姿を眺めて、お迎えで停まった車の中に消えていくのを見て少し残念な気持ちになった・・・淡い気持ちと淡いショック。
そんな日常・・・・


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