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言葉は、無敵なのだろうか

求人制作はディレクターなのかライターなのか、いつも悩むことがあります。まあ、どっちもやっているんですけど(笑)。

ただ社内を見回すと、自身のことをライターないしコピーライターと認識している人が多いと感じています。どう自認するかは、その人の問題なのでよいのですが、キャッチコピーこそすべて、あるいは、こだわっている人が多いことに違和感があります

もちろん、キャッチコピーも求人広告の一つの要素なので勉強しています。他人から見たら、恐ろしい量のキャッチコピーに関する書籍を読んでいるのではないでしょうか。

著者はコピーライターやクリエイティブディレクター(要は広告業界の人)なので、書籍のなかで「キャッチコピーで、人を動かせる。変えられる」と喧伝するのは仕方ありません。そういう趣旨の本なのですから。

ただ、悪い言い方をすればポジショントークにすぎないのでは? とも思っています。

確かに、キャッチコピーで人を動かせることもあると思います。しかし、キャッチコピーだけで動かせるわけではありません。

分かりやすい例をあげると、商品広告です。チョコレートやビール、洗剤などの消費財はキャッチコピーや広告の奇抜性やインパクトによって人を動かせます。しかし、住宅や自動車はインパクトだけでは、人は動きません。

CMを見ると、単価の安い消費財のCMは奇抜であったり、インパクト重視のCMが多い一方、自動車のCMはブランドイメージを重視しているものが多いです。もちろん、狙いを持ってインパクトの強いCMもあります。ですが、単価が高く、安全性や乗っている自分のステータスアップを求める自動車は、奇抜なCMでは購入してもらえないからです。

その商品やサービスへのハードルが高いほど、キャッチコピーは威力を発揮しません。

ファーストインプレッションで目を引く、という役割はあるでしょう。しかし、それだけで購入するわけではありません。値段に見合っているか、自分の目的に合致しているか、購入したあとのメンテナンスは? など、さまざまな角度から検討したうえで購入するはずです。

転職も同じだと、私は思っています。どこかで「デザインだけで、どうにかなるものではない」と言いましたが、転職はインパクトや奇抜さだけで、決意するものはありません

給与や福利厚生、仕事内容、一緒に働く人など、さまざまな要素を検討したうえで転職を決めるはずです。

キャッチコピーやデザインだけに注力して、肝心の求人情報をおざなりにしている求人は、竜頭蛇尾、羊頭狗肉ではないけれど、求職者からしたら残念な求人です。

言葉に力はあるものの、言葉を過信するべきではないと思っています。特に求人は感情と理性の両面からアプローチすべきです。

なぜなら、転職する人はなんらか不満か要望を持っているからです。その気持を刺激することが重要である一方、それだけで転職するわけではないので、理性に訴える数字(定量面と言ってもいいです)が必要不可欠です。

求職者の願望のみにアプローチする、という手段もなくはないですが、その場合、求職者の多くが転職先で不満を抱えることになります(いずれ離職するでしょう)。それは職業倫理としていかがなものでしょうか。

私たちはお客様企業と求職者のために仕事をしています。しかし、感情だけに訴求する仕事は、巡り巡って企業のためにも、求職者のためにもなりません。

そう考えると、求人制作をしている私たちは、キャッチコピーだけに力を入れるのではなく、もっと広い視点が必要ではないでしょうか。

よろしければ、サポートをしていただけると嬉しいです。サポートが今後の活動の励みになります。今後、求職者・人事担当などに有益な情報を提供していきたいと考えています。