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ワインエキスパートの試験を受ける理由

今年3月からワインエキスパートの資格を取得するために、勉強をしています。

ワインエキスパートとは、日本ソムリエ協会が行う呼称資格認定試験の一つです。呼称資格認定試験とは、たとえばワインエキスパートを名乗るための試験です。ソムリエという呼称を日本で名乗るためには、日本ソムリエ協会が行うソムリエの呼称資格認定試験に合格することが必要です(このことについては、詳しく説明するとグレーなのですが、今回スルーしますね)。

どんな試験が行われるかというと、たとえばソムリエ試験は、一次試験が「CBT方式」というPCを使った4択問題を受けます。120問ほど解き、合否は画面上での即時発表。合格すると次は、二次試験でテイスティングと論述試験、さらに三次試験はサービス実技試験を合格してようやくソムリエ試験に合格となります。

ただし、ソムリエ試験を受けるには、飲食店など酒を販売する業務に3年以上従事している必要があり、僕はその対象外。かわりに、だれでも受けられる試験が、僕が受けるワインエキスパートです。

ちなみに、ワインエキスパートの試験は、ソムリエ試験と同じ一次試験と二次試験のうちテイスティングに合格すれば、資格認定です。

レストランでの食体験を向上させるため

さて、なぜ僕がワインエキスパートの資格をとろうと思ったのか。

僕自身、レストランで食事をすることが好きですし、それが仕事の一部になっているので、かなりよく行く方だと思っています。もともと、料理の専門誌の編集をしてきたこともあり、料理についてはある程度の知識があると思っています。

ですので、料理を食べると、そこに込められた情報を、一般的な人よりは多く読み取ることができると思っています。

ワインは、その料理と一緒に、関連させながら提供されるのですが、僕にとっては料理に比べてまったくわからないというか、体系的に理解できていないので、情報が読み取れずに楽しんでしまっています。いつも聞いた話が右から左に流れていくのとともに、結局「好み」か「好みでないか」の判断しかできずに、終わってしまうことが多いのです。

もちろんワインが好きなので、なんとなくの知識はあるのです。しかしそれは、あくまでそれはなんとなく。ピノ・ノワールが好きだなぁとか、自分にとって関係があるオーストラリアのワインが好き、程度で、知識というほど蓄積されているとは到底思えませんでした。

そもそも、ワインはレストランよりも歴史があるもので、ヨーロッパの食を考えで切り離せないものであり、さらにレストランの前進的存在である宮廷料理を理解する上で大事なものでもあります。そしてワインが大事にするテロワール(土地性)ということも、現代料理が見事にトレースした価値観だと思えば、ワインを理解することは、現代料理をもっと理解することでもあると考えたからです。

また無知は、だまされる対象になります。

ワインは特に価格に幅が大きくあるもので、数千円から数十万・数百万になることもあります。一方で、料理で1コースが数百万なることはありません。そう考えると、だまされて損する幅がワインの方が高い。つまり自分に知識がないと、だまされて高いお金を払ってもそれに見合うワインを飲めない可能性がり、その損する幅がとかく大きい、だまされたら損をするものでもあると感じていたからです。

もちろん知識は、物事の本質に近づくために必要なことなので、ワインの勉強をすることは、ワイン、または食の本質にむかうことでもあるので、積極的に学んでみたいと思います。しかしながら僕にとって結構大きいのは、鞭であるがゆえに損してしまうという、ある意味セコイことも考えたことも、包み隠さず書いておきます。

覚えることの限界年齢を立証したい

僕は今年で、45歳になります。もともと全体像を覚えることは得意で、地図を見るのが得意なように、俯瞰して物事が見れる特性は強いと思っています。

一方で、ディテールというか、単語や固有名詞を覚えることが本当に苦手で、リアルにつながっている方に申し訳ないのですが、お名前覚えられないという欠点があります。

とはいえ、覚えた知識がなければ瞬発的なアイディアを出すことが難しいことはわかっています。だけど近年年齢的なこともあるのか、さらに覚えにくい。そんなジレンマをずっと抱えていました。

そういう状態で、じゃあ本当に自分は、物事を覚えることはできるの?真剣に覚えようとしたときに、どれくらい物事を覚えられるのか?が未知数で、しっかり向き合って自分の現在地を知りたい。それは、おそらく自分の記憶力の実態を知りたいという想いが漠然とあったと思います。

45歳という記憶を主体とした学習の最後のチャンスかもしれません。記憶をする学習を、このタイミングで逃してしまったら、おそらく何かあたらしい記憶や体系的な知識を得ることはできないのではないかと思ったんです。

それなら、自分の最後の学習力を試してみたいと思い、ワインエキスパートの試験を受けることにしました。

試験に受かるのは、勉強したかしないか

ワインエキスパートの試験の内容も、やっていみたいと思った理由の一つです。

というのも、前述した通り、最初で最大の難関である一次試験の座学試験は、基本的に日本ソムリエ協会が編纂した「教本」から出題されます。それは、逆に言うと、教本を一語一句覚えたら、試験に必ず受かるということです。

現実的には、すべてを覚えることは難しいので、要領よく勉強をする必要がありますが、時間をかけて覚えれば、試験自体は難しいことはありません。

では、なぜ一次試験に受からないのか。それは単純に、勉強を「する」か「しない」かの判断テストであることにほかなりません

実際に、3カ月ほどワイン教室に通いながら、週1回の模擬試験を受けているとわかるのですが、勉強したら点数がとれる、しなければ点数がとれない。勉強しなければ点数がとれない。至極単純なことです。

つまり勉強を「する」か「しない」かの選択があったときに、勉強するを選んだ人が受かるということなので、これは僕にとってはすごくわかりやすく感じました。

尊敬するソムリエの飛田さんに教えてもらえる

ワインについて、今まで以上に興味を持つようになったのは、乃木坂しんのnoteを始めてからです。

noteの執筆の度に、料理のことはもちろん、料理とワインの組み合わせにつついても当然知ることなります。とくに乃木坂しんのソムリエは、今年フランス発のレストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」でベストソムリエを受賞した飛田泰秀さん。ワインは好きだけど知識が乏しい僕にとって、飛田さんの思考の一部でもいいから知れたらおもしろだろうなということは、ずっと考えていました。

そんななか、今年から乃木坂しんの従業員向けに、ソムリエ対策教室を開講することを聞き、さらに飛田さん直々に「江六前さん、試験受けてみたら」とお誘いいただいたのも大きな決意につながりました。

3月から毎週乃木坂しんのスタッフの方といっしょに試験対策の勉強をしています。

やるかやらないかの人生で「やる」を選びたい

勉強をした人が合格する。すごくわかりやすい試験だからこそ、僕が考えたのは、合格する人、つまり「大事なときに結果を残す人」でありたいと思ったのが、実は大きな理由だったりします。

自分がやっている執筆・編集は、たとえば記事のリアクションでそのコンテンツの評価を測定することはできますが、多くの場合は、その測定自体にさまざまな解釈が存在し、僕自身もたとえば、シェアされたり紹介されたりする実数が低かったとしても、「この記事の本当の意図は~」というように適当な言い訳をつけて、数をうやむやにすることもできます。

良い反応が続くときは別ですが、正直、記事の評価をしずらいときもあると思います。だとすると、圧倒的バズ能力がない僕の評価というものはどこにあるのかと考えざるをえないわけです。

文章がいい、とか、考え方がいい。というような評価を受けているので、僕はいまも編集・ライターで生きていけていますが、個人的な信頼関係を超えて仕事を受注するには、属人的な評価よりも、客観的事実をもとにした評価を受ける方が、さらに広く自分を評価してもらえるのではないかとも思ってもいます。

そうなったときに「ワインエキスパートの試験に合格した」という事実は、「勉強するときに勉強した」証であり、それは「やるときに結果を残す」という評価につながるとも思っています。

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なので、ワインエキスパートの試験は、自分の今後のブランディングとしても絶対に合格をしないといけないものであるといえます。

一次試験は8/24(水)。

80歳、90歳までこの仕事をしたいと思っている僕にとって、かなり重大な1カ月になると思っています。

ゼったいに受かって、「やるときはやる男」の事実を勝ち取りたいと思っています。

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