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【読書日記42】『今日拾った言葉たち』

その昔、院浪をしていたころ、
私は、自分を説明するための「肩書き」
持っていませんでした。
そのときの寄る辺のなさ
ずいぶん時間の経った今思い出しても
ちょっと強めのしんどさが
ズンっとココロにのしかかってくるほど
重く、圧の大きいものでした。

そして、
そのとき感じていたしんどさや寄る辺のなさにも
ちゃんと理由のあること
を教えてくれたのが
こちらの本です。

■『今日拾った言葉たち』

□武田砂鉄
□暮しの手帖社
□2022年10月初版
□1700円+tax

わざわざ言わなくても、と
思うかもしれないけれど
これ、わざわざ言わないと大変なことになる。

気鋭のライターが、
心の網にかかった言葉を拾い上げ
その裏に隠れた本質に
根気よく迫る社会批評集。

そのとき使われる言葉は
時代や社会(世間)を
色濃く、端的に反映しています。
その前提の上で、
自分の気持ちをざわつかせる言葉や
違和感を持った言葉について考え尽くす。
そうすることで、
その言葉を発する人や
その言葉を良しと受け入れる人たちが
何を、どこを見ているのか、
何を、どこを見ていない(フリしている)のかが
あからさまにあぶり出されてくる

また、あぶり出されるのは
その言葉を選び、批評する筆者自身の思考
例外ではありません。
そう考えると
この本は筆者の勇気や覚悟も
詰め込まれているのだと改めて感嘆します。

・ ・ ・

この本では
筆者である武田氏の琴線に触れた言葉を
丁寧に拾い出しています。
読んでいると、まず
その拾い出された言葉が持つ迫力
何度も圧倒されます。

■「空襲」を「空爆」と言い始めたとき

■「泣いただけで終わらせないでください。
知ることには責任が伴います」

■勝者の姿が動画で永遠に残るとき
そこには横に敗者もいて
永遠に敗れた自分の姿から
逃れられないかもしれません

こういう言葉たちに出合う凄まじさ。
そして、それらを
きっちり拾い上げる繊細さ。
どうしたらそれが出来るのかと
思わずうなってしまいます。

ここでは私自身が感銘を受けた言葉を中心に
引用していますが
もちろん、本書は
失望をもたらすような言葉も掲出し
そこへ容赦のない、まっすぐな批判を
筆者は加えていきます。

そして、
それらの土台にあるのは「言葉への信頼感」
そんな風に私は考えています。

言葉はもちろん
希望を与える力を持っている。
一方で、言葉は人を傷つけもするし
その人の本音をあからさまに見せつけてくる。

でも、どんな言葉に対しても
有効な力を発揮するのは
やはり言葉でしかない。
もっと言えば。
言葉だからこそ、
言葉に対して有効に対峙できるのだと。

そういった根源的な信頼感があるからこそ
本書は成立しているのではないかと
思ったりしたのです。

■さて、肩書きについて

院浪になり、肩書きを失ったという
最初の話に戻ります。

それを思い出したのは
本書にある、次の言葉がきっかけでした。

今、私たちは、役に立つことを求められ
それに応えると
とても役に立ちました、と
褒められる社会に生きている。
そうやって受け入れられる社会は
一見健全に思えるのだが…(中略)…
やがて、役に立つことが、
人間の最たる役割になってしまう。

この部分を読んだ時、
結局、あの頃の私が、
もしかすると、今の私も囚われているのは
コレなのだと…
肩の力の抜ける思いがしました。

誰かの、何かの役に立たなければという
強迫観念にも似た、意識。

あの頃の私、今の私が囚われ、
自縄自縛になっているのはこの意識であり、
「肩書き」というものを
「私はこのように役に立っている人間です」
分かりやすく言い表したものだと考えたから
それを持たない自分を
「要らない人間」と思い込み
勝手に苦しんでいたのだな、と
本書を読み、思い知りました。
そして、筆者の、この解説で
肩の力を抜いていいのだと思えたのです。

えぇ、言うなれば
掘り出しからの憑き物落としというフルコンボを
本書から一気に喰らったのでした(笑)

閑話休題。

本書では、このように
何にでも意味を求める風潮に対しても
繰り返し警鐘を鳴らします。

意味なんて、
全員で共有できるものである必要はないのだし
まだ意味を探し出すプロセスの
途中なのかもしれないし
そもそも
意味なんて必要なのだろうかという考え方が
あってもいい。

「意味」の在り方については
本書のなかで何度も言及があります。
「意味」というたった一つの語が
いとも簡単に人を追い詰めていく時代。
でも、「考え続ける」ことを手放さなければ
そこから抜け出すことは可能なのだと。
そして、それは希望の光のようにも思えるのです。

■まとめ

中身のない言葉に憤り、
人々の視界から消し去られているモノを
あからさまに現出させ
核心を突いた言葉のさらに中心を
的確に指摘していく。

本書を読むと、
そんな真っ直ぐな理想論が
ストンと腑に落ちていきます。
それと同時に
読む側の視野や死角を
スルドク問い直す厳しさもあり、
存外容赦はありません。
が、かえって
それが心地よかったりもするのです。

でも何より。

自分のなかに生じた違和感を大切にして、
そこから考え尽くすことの
大切さを教えてくれる本です。
だからこそ、今読みたい一冊だと思うのです。

#読書の秋2022

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