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無いものに癒された朝

しっぽの無いトカゲが、北方向3メートル先をウロウロとしていた。
あのトカゲは、どんな危機的状況が起きて自分の一部を犠牲にしたのだろうか。
何かを探すように石垣を登ったり降りたり、動揺しているように見えた。
 
私は屋外にある軒下のベンチに腰掛けて、そんな忙しなく動くしっぽの無いトカゲから、目が離せないでいた。

しっぽの無いトカゲから、2メートル東方向には、しっぽの有るトカゲがいた。
日陰の石垣の隙間にいるのに、堂々として落ち着いているように見えた。
それは頭から胴体までが黄色で、グラデーションがかり青となる美しいしっぽを持っている。
しっぽの無いトカゲの本来の姿は、そんな綺麗な姿なのかと、そこで確認できた。
もう一匹、しっぽの無いトカゲの西側にも、同じ種類のしっぽの有るトカゲがいた。
どれも大きさは同じだった。
しっぽの無いトカゲは、グラデーションがかった部分から先が無い。
自ら落としてきた青の部分だけ短かった。

『一体いつどこで、あなたに何が起きたの? ……カラス? カラスの仕業!? この辺りはカラスが来るから気をつけなさいね』
 
私は勝手にカラスのせいにした。
カラスも私の友達だと思っているが、彼の事だから惨たらしい行いをするのも理解している。だからって、私は友達だと思っているカラスを憎むことは無い。カラスも山の巣にある雛鳥に、何かしら食べ物を届けたかったに違いないのだから。

トカゲは危機的状況になった時、自分のしっぽをその場に落とし、

『どうかこれで命だけは勘弁してください!』

と、天敵をだまくらかして逃げるという。
とても頭が良い戦法だ。
さらにすごいのが、その後切り落としたしっぽは、また再生されることだ。
きっと、しっぽの切り口は痛くも何ともないのだろう。
なのになぜだろう。
私の目に映るしっぽの無いトカゲの動揺っぷりは、無くしたしっぽを必死に探しているように見えた。
 
自分が落として捨てたくせに。
 
と思いながらも、私は彼に同情した。
有ったものが無くなってしまった辛さを、今そのトカゲは感じているのだろうか。

『大丈夫。キミにはまた自然としっぽが生えてくる。時が経てば辛い今は過去になるから。だから落ち着いて』

東へ西へと動き回るトカゲは、私の心の声が聞こえたかのように突然、南側にいる私へと向きを変えた。
一瞬目が合ったような気がして、私は身構えた。

私は爬虫類や両生類が物凄く苦手だ。
そりゃあもう、理性を忘れて人目も憚らず叫んでしまう自信があるほどに。
遠くから眺める分には平気だが、生理的に受け付けないものは私に近づかないで欲しいと願う。
私は念のために鞄に忍ばせていた殺虫剤を手にした。
お願いだから害虫に使うこれをあなたに使わせないでほしい。

しっぽの無いとかげは、私の思いとは裏腹に、人懐っこくトコトコとこちらへと向かって歩いてきた。
その歩みはだんだんと早くなって私へと向かってくる。
私は地に着けていた足を慌ててベンチの上に乗せ、土足のままヤンキー座りをした。
 
「来るな来るな!」と叫ぶが、まだ来ようとするから、ベンチに立ち上がり足を踏み鳴らし、
「来るなー!!」と威嚇した。

しっぽのないトカゲは、もと来た道を逃げるように戻り、石垣の上へと這い登っていった。

遠くからなら見ていられるし、彼を心配に思うのも事実だ。だが、私に近づくのはやめてほしい。こんなふうに冷たく傷つけてしまうかもしれないから。
殺虫剤をかける余裕がなくて良かったと胸を撫で下ろす。

殺虫剤をかける余裕があったのなら、恐怖のあまりにかけていたのかもしれない黒い私は少し前にいた。しかし、早くあの子に青色の綺麗なしっぽが生えてきて、元通りの姿に戻って欲しいと心から願う私がいることも確かだ。
 
しっぽがない間はとても心配だと思う。
もしも危機的状況が起きたとしても、もう犠牲にできるしっぽはないのだから。
今危機的状況が起きてしまったなら、彼の命は無くなってしまうのかもしれない。
でも、幸運にも同じ種の仲間が西と東に一匹ずついる。
その子達に助けてもらえばいいんじゃないのか?
 
人間である私はトカゲよりも強いし、トカゲ界からしたらチート的な能力で天敵をやっつけられるだろう。
でもそれは違う。
人間である私が彼らが有利になるよう働きかけたとしても、弱肉強食というこの世の流れに逆らうこととなる。
人間の私はトカゲ界にとやかく口出しをするものではないのだ。
ただ私は彼らを観察する。
どんな結果になろうとも、そうすることが最善なのではと思った。
しかしトカゲ達をみていたら、トカゲに感情移入をしてしまったようだ。
これは私の悪い癖だ。
私はそのトカゲ界のルールを作りたくなった。見ている側も幸せになれるルールをだ。
 
『しっぽを失ったトカゲは、その仲間が全力で守ること』

こんなにも、三匹のトカゲが近くに見られることなんて珍しい。
もしかすると本当に、私が作った勝手なルールが既にトカゲ界にもあるのかもしれない。
だから真ん中にいるしっぽが無いトカゲの東と西には、青色のしっぽの有るトカゲが守るようにしているのだ。
そんな光景、私はこの癒やしのベンチに何年か居て見たことがなかった。

『さっきはアナタがしっぽを落としてワタシ達を守ってくれたから、今度はワタシがあなたをまもるわ』

と、東側のトカゲは思っている。

西側のトカゲも、

『お前らが共倒れするのは見ていられないから、しかたがねぇ、オレもここにいるよ!』

と、警戒態勢を張っている。

なんと微笑ましい友情だろう。

私はそんな三匹のトカゲの友情に、朝からとても気分が良くなった。
朝の就業前、私はトカゲ達に癒やされた。
今日も、とても優しい気持ちで仕事ができそうだ。

今は綺麗なしっぽがなくても、生きていればまたすぐ、両隣にいるトカゲみたいに綺麗な身体に戻るだろう。
黄色からグラデーションがかって、だんだんと青が深くなるしっぽを持つ、本来の姿に。

この先無事に綺麗な姿に戻っても、私には会いに来なくていい。
だって私は、爬虫類のあなた達がとっても苦手だから。
勝手にどこかで楽しく生きててくれれば幸せだし、そういう未来しか想像しない。
きっとあなた達は、たまに誰かがしっぽを無くしながら、支え合って生きていくのだろう。
そう勝手に想像するから。

 

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