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100パーセントの事実

ゴールデンウィークは実家で過ごした。
静まり返った夜中、突然ガタガタと神棚が揺れ出した。
実家の仏間で息子と娘と川の字になって床につき、しばらくしてからの事だった。

夢なのか現実なのか、神棚は怒り狂ったように揺れている。

私はそれを夢うつつで聞きながら違和感を覚えた。
地震にしては、私の身体は少しも揺れてはいない。
しばらくガタガタしたかと思うと、私の頭近くにドス! と何かが落ちてきた。
私はひどく驚き、布団から身を起こした。
左横を見ると、スマホゲームをしていた息子が唖然とした顔で神棚を見上げている。

「すっげー露骨な怪奇現象じゃん! おもろい!」

息子は興奮を抑えた様子で明かりをつけた。
私は慌てて布団の足側へと避難する。

神棚はしんと静まり返っていた。
神棚だけが震度4ほどに揺れていたのは、起きていた息子も見ていたのだから夢ではなさそうだ。

床に落ちた物体は鏡餅だった。
砂糖がビニールでコーティングされており、所々に穴が空けられた形跡があった。

未だに鏡餅を祀っていたのか。と、私は呆れてしまった。だから神様が『これはもういらん、撤去せよ!』とお怒りになり床に落としてきたのだろうか……。

「オレ今日の昼間、しめ縄が片方取れてたから、ばあちゃんに頼まれて直したんだけど、その時は鏡餅なんてなかったと思うんだけどな......」

不思議そうに息子が呟いた。

スマホを確認すれば2時過ぎだった。眠気のせいか神棚の異変に恐怖は感じられない。
もしもまた何かが落ちてきて顔面に直撃するのもイヤだったので、私は神棚に足を向ける形で再び眠りについた。

翌朝、母に一連の不思議な出来事を話した。
母は深刻そうな顔で、そうなの。と呟いてから、実は...と、
話を聞く前から背筋がゾッとするほどの恐ろしい表情で、ポツリポツリと話し始めた。

仏壇にご飯を毎日供えている母が、取り替えようと金色の器を取りに行くと、山盛りにあったはずのご飯が空っぽになっていたという。それは一昨日に起きた不思議現象らしい。

「ネズミじゃないの?」

一連の話を聞いていた妹が、名探偵ばりの表情でそう言った。

「それは違うと思う! ネズミにしては足音も何もなかった!チューなんて鳴き声もなくって、ただ神棚だけが震度4の震源地だったの!!」

「でも米食べるなんてネズミかイタチ? とか、動物なんじゃないの?」

そんな現実すぎるエピソードに、私は少しも納得なんてできなかった。
仮にネズミのような動物だったとして、なぜ榊の花瓶は倒れなかったのか。そんなものが走り回っていたならば、二つの花瓶は倒れていてもおかしくない。ただ鏡餅だけが床に落ちてきたのだ。

「それにしても鏡餅なんて私、まだそのままにしていたのかしら?」

母は納得行かないような顔をした。
そういえば息子も、しめ縄を直した時には神棚には鏡餅なんて無かった、と言っていたのを思い出す。

これは興味深い話だと、私の妄想は膨れ上がっていった。
溢れ出すワクワクが止まらない。

「もしかするとアリエッティ的なコビトなのかも。それがウチのどこかに住んでて食料調達に来たのかもしれない。 鏡餅だって中身は砂糖でしょ? マチ針のピンでつついて砂糖を少しずつ持ち帰ってるんだよ。鏡餅が人間に撤去されないように神棚の裏へと隠しておいて、夜な夜な砂糖の調達に来るの。アリエッティが角砂糖取りに来るみたいに!」

妹はぷはっと吹き出した。

「さすがは変人の思考!」

「私はマジで言ってるの! ネズミにしては全然足音がしなかった! つまり二足歩行で抜き足差し足しようとする頭脳の持ち主ってことなんだよ!」

「いやいや、普通に考えて何かの動物でしょ」

「だとしたらアリエッティ的なコビトも有り得る話でしょ?」

私はその手がかりが欲しくて、脚立を担いで神棚へと赴いた。

脚立の上に立つと、普段とは違う目線を手に入れた。
周りを観察すると、神棚の横の土壁に3センチほどの小さな穴が空いているのを発見した。
おそらくここが『何か』の出入口なのだろう。
神棚辺りにはネズミのフンは一つも落ちてはいない。

私は過去にネズミが天井の上を走り回る音を聞いたことがある。彼らはチューチューいいながら四足歩行の足をチョロチョロと動かして、『ボクは今ここに居る!』と、危険を顧みず存在証明をしてくる無鉄砲な動物だ。
それにネズミがいた所には必ず米粒の大きさに満たない細かくて黒いフンがいくつも落ちているものだ。
しかし神棚には一片のフンも落ちてはいないのだ。

「ネズミのフンが一つもない! つまりネズミ以外の何かがここに来てるんだよ!」

脚立に登る私の周りを家族が囲んで、何とも言えない顔をして私を見上げていた。

「アリエッティ的なものなら、うんこはちゃんとトイレでするでしょ? だから一つもうんこが落ちてないんだよ! つまりネズミの可能性は低いってことだよ!」

「とは言え確実に何かしらの動物だから、とりあえずその壁の穴塞ごうか……」

妹は呆れたように言い放った。
それに続くように娘も姪っ子達も、「怖いから塞いで!」と言い出した。

だとしたらアリエッティ的なものがこの穴を通って食料調達に来れなくなってしまう。どうしようか......。

「おねがい塞いで!」

母が懇願してきた。
このままでは一人暮らしでこの家にいる母は恐怖で過ごせなくなると不安な顔をされてしまった。
残念だが、この家の主の希望には従うべきだ。
私はしぶしぶその穴を塞ぐことにした。

その夜、またしても神棚の辺りがガタガタと揺れだした。
息子も娘も私もスマホを触りながら起きていた午前一時。
電気をつけると、ピタリと音は鳴り止んだ。
相手は相当警戒しているようだ。頭が良い。

塞いだ穴は塞がれたままだ。

もしかすると何かの存在は、その穴を抜けようとして抜けられず足掻いているのかもしれない。
神棚に来れば砂糖があるはずなのに、もう一歩のところで足止めを食らっているのだ。
さぞかし戸惑い、悔しい事だろう。
明かりをつけてからしばらくして、通行止めになった穴に納得できない何かは、地団駄踏んだような足音を立てた。

ちくしょう! ちくしょう! どうして!? どうして!?

そんな声が聞こえそうな足音だった。

「……ごめん。あなた達と私たちの世界には境界線が必要みたいなの。勝手なことを言ってごめんなさい。別の侵入ルートを開拓して私たちに気づかれないようにしてもらうか、別の住処へと引っ越して欲しい......」

そう、私、押し入れを開いた時に気づいてしまった。
空っぽの押し入れの中に、黒いフンが落ちていたことを。

たった二つのフンだった。

それは米粒の三倍ほどの大きさで、とてもネズミから出たフンだとは思えなかった。だから私、鬼の首を取ったように妹に言い放ったの。

「ほらみて! この大きさのうんこってアリエッティ的なモノがするうんこじゃない!? ちょうどそれぐらいのサイズじゃないの!?」

「でもさ、アリエッティ的なものならちゃんとトイレでするでしょ? 野グソ的なことはしないと思う! だからこれはネズミのフンってことになるんだよ!」

逆に鬼の首を取られたように返されてしまった……。
確かにそうだ。悲しいが、いつだって妹の主張は正しい。
それにアリエッティ的なものが野グソだなんて、絶対に有り得ない事だ。

息子がそのフンを写真に撮り、Googleレンズで調べてみたら、『ネズミのフン』という検索結果が出てしまって......。
私のファンタジー的わくわく感は木っ端微塵に砕け散ってしまったというわけだ。

だけどこの二日間、私はとても楽しかった。
あれやこれやと非現実を想像し、ワクワクに溺れそうになった。でも......、

多分、あなたはネズミ。

神棚を揺らすだけ揺らして私の心をファンタジー色に染め上げたのもイタズラなあなた達の仕業。

けれども、あなた達は神棚の元では一片のフンもしなかった。そんな分別の有るあなた達が本当にネズミなのかと未だに疑う私もいる。
それほどの知恵の有るあなた達なら、これ以上この家に居ても仕方がないと悟れるはずだ。

どちらにせよ、私たちは会わないほうが幸せなのだと思う。
私たちを繋ぐ穴は、塞いだままの方が互いにとっての最善の選択なのだ。

そう自分を納得させて、私は100パーセントの事実から目を背けることにした。

 

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