ド田舎に嫁いだ港区女子の末路
31歳、独身女、恋愛体質。
好きな男にヒョイヒョイついていき、気づいたら山奥にいた。
映画「翔んで埼玉」ですら、チラリとも出てこなかった埼玉県日高市。ここがホレた男の出身地だという。田んぼがいっぱいだぁ。
「あの『日高屋』の『日高』だよ。」
「へー!そうなんだ!」
それ以上は会話が広がらない『日高』の市役所で、私たちは籍を入れた。ピカチュウもびっくり、出会いから2ヶ月目の電撃結婚だった。
(※ちなみに日高屋の発祥は大宮。日高は創業者の出身地。)
私は3歳から30年間、ずっと東京都心部で生きてきた。主な生息地は港区。酒とネオンに密接したライフスタイルを楽しんでいた。
表参道で完成させたヘアスタイルからネイルの先まで、都会の汁だくになった私を、なぜ田舎派の夫は好きになったのか。
「顔がタイプ」
キツネ顔に野生的なものを感じたのかもしれない。
新婚ラブラブ期。
私は田舎で目にするもの、すべてが新鮮で、ワックワクした。
そこらじゅうにある山。
高層ビルのかわりに高い空。
会いに行ける牛。
田んぼから聴こえるカエルの大合唱は、パチンコ屋に匹敵するデシベル数らしい。うるさくて笑った。
ある日「散歩いこうよ」と、夫に誘われた。
私の辞書にある「散歩」とは、映えるカフェでテイクアウトしたソイラテを片手に、新宿御苑か代々木公園あたりで、8cmヒールでも歩ける道をブラブラすることだ。
夫に手を引かれ、到着したのは日高市名物・日和田山(ひわださん)。標高305mのガチ登山だった。
「いい景色でしょ!」
頂上を制して、さわやかに風をうけながら地元自慢する夫。山に免疫のない私は、軽度の高山病でゲロ吐きそうになっていた。
こんなめちゃくちゃなデート、はじめて。
息を吸うたび嗚咽しながら、少女漫画みたいに「フッ……おもしれー奴。」と、私は夫を印象づけた。
それから、私たちの住まいを探すため、全国各地で「お試し短期移住」をしてみた。
石川県の能登半島、北海道の洞爺湖、京都府宇治市の山間部など。
どれも夫好みの田舎暮らしだった。私はたぶん、旅行気分で楽しんでいたのだ。
新婚の恋愛モードから、夫婦の生活モードに切り替わったころ。
私は田舎暮らしに退屈してきた。
なにもない。山はあるけど。
飲み屋、スーパー、コンビニまで歩いて行ける家っていうのは、幻なのか?
ウーバーイーツが届かないこの地は、本当に日本なのか??
「なんで田舎について来ちゃったんだろう。」と、すこし憂鬱になっていた。
とはいえ、田舎にもいいところがあった。
コンビニ食、ファーストフード、外食する機会がめっきりと減り、強制的に自炊する。
夕陽が沈めば、あたりは真っ暗になる。ギラギラのネオンなど、どこにもない。自動的に早寝早起きのリズムがととのう。
物欲を刺激するものが、ふだんの生活で目に入らない。今までいかに無駄なプライドとともに浪費をしていたことか、気づかされた。
水も空気もきれいだ。
身体が喜んでいるのがわかる。
悩んでいた肌荒れも、謎のだるさや頭痛などのプチ体調不良も、いつの間にか荷物をまとめて去っていた。
気持ちは東京が恋しくても、なんだか身体がそれを拒否するような感じがした。
ふと、脳裏によぎる。
「面白きなきことを面白く。」
なんかすごい人の本で読んだ気がする。だれだか忘れた。
でも、すごい人の言うとおり。なにもないなら、生みだすしかない。そうして脳をひねりだして作ったのが「ベランダ快適空間」だった。
▼証拠映像
ベランダをDIYしたら、プランターをおいて家庭菜園もやりたくなった。カメラを買ったらレンズもほしくなる現象と一緒だ。
早朝、ベランダの様子を見にいくのが楽しみになった。時間をわすれて、いつまでもボーッとしていられる。蚊にさされるまでは。
ハーブに水やりをしながら、いつの間にか「退屈していた自分」が消えていることに気づいた。
「こんなはずじゃなかった。」と思いたかった現実も、自分がのぞんで選択した末路なのだ。
「なにもない」は、私を成長させてくれた。
毎朝、「ありがとう。」と言い合いながら夫とハグするのが習慣になっている。
数年前の私には、素直に「ありがとう。」が言えなかった。夫も都会派だったらよかったのに、とすこし不満に思っていたから。
そういえば、夫はずっとまえから「ありがとう。」と私に伝えてくれていた。
「なにが?」
「一緒にいてくれて。」
夫婦だから一緒にいるのは当たり前じゃないの?と、私は首をかしげていた。
「ありがとう。」が返せなかった私も、今では心の底から「一緒に連れてきてくれてありがとう。」と想うから、朝は開口一番に伝えたい。
夫よ、今までちゃんと感謝できなくてごめん。
田舎はなにもない。
じゃなくて、私の中身がなにもなかった。
結婚と田舎暮らし歴6年。少しは中身のつまった嫁になれたと思う。
(※現在は、最終的に流れついた神奈川県の山間部にて根を張っている。)
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