見出し画像

#14 包粽子

 下次妳回來我們來包粽子、とアイーが言っていたのは本気で、もち米5斤が母と私に割り当てられている。母と私、おばの家、アイーの家、合わせて15斤。市場では「15斤包むから」と言うと、お店の人がそれに合わせた分量の材料を出してきてくれる。ちまきを包む竹の葉っぱ、豚肉、干しエビ、干し椎茸など、市場の人たちが、任せといて、と背中で語るように出してくれた材料たちが、うちの冷蔵庫やキャビネットにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。台湾の市場で単位は斤、1斤600g。1家あたりもち米3キロ+各種材料。年もとってそんなに食べないし、家に子どももいないから、とアイーは少なめの分量を計算しながら、
 「妳知道嗎,若い頃、50斤。50斤のもち米で作ったんだから。」
と勝ち誇った顔になっている。今回は久しぶりのちまき作りでアイーも気合いが入っているようで、ふつうの粽子(バーツァン)以外に鹼粽(キーツァン)も作ると後から言い始めた。あんこ入りとあんこなし、両方。母は材料を炒め合わせる鉄鍋を新調し、アイーはこの人の豚肉が一番おいしい、とアイーの新店の家近くの市場のあるおばさんを指定し、母とおばはその人めがけて捷運とバスを乗り継ぎ豚肉を買いに行った。干し椎茸は母がよく行くオーガニックの店でお気に入りの小ぶりのやつを揃えてある。
 「いよいよ端午節ってなってから買いに行ったって、いいやつはもう全部誰かが持ってっちゃってるよ。」
 「對。」
 「對。」
 と母たちは口を揃える。私は南門市場(「ちょっと高いけどここが一番安心」と母)へキーツァンに入れるあんこを、近所の雑貨店へエシャロットを母と一緒に買いに行った。キーツァンを黄色くする鹼水は雑貨店のおじさんが後で家まで届けに来てくれる。

 そろそろ手伝おうかと台所へ行くと、キッコーマンの大瓶を持ったアイーがきっぱりした顔で私を見て、首を横に振る。
 「包む時だけ来て。」
 鉄鍋の中に醤油を回し入れると、アイーは杖をついて台所のすみにある椅子までとことこ歩いていって座り、そこから母に指示を出し、母が、豚肉、干しエビ、干し椎茸、エシャロットを炒めている。豚肉は全部で4斤。炒め終わった中から一切れ、もう一切れ、更にもう一切れ食べて、
 「妳吃。」
 と、アイーは写真を撮ろうとしている私に、食べろと指示を出す。豚肉の積み重なった山の中の一切れを指差して、
 「妳吃這個。」
ここにあるこの一切れを食べろと具体的に指示し、私は指示通りに食べる。あ、おいしい、と思わず言うと、アイーは突然花がひらいたみたいに、晴れやかな笑顔になって、あはははは!とうれしそうに笑う。

 普段は台所でゴロゴロするのが好きな愛之助は、火を使って暑くなってきたのでリビングに逃げ、おばの足元に寝ている。昨日まで雨や曇りの日が続いていたけど、ちまきを作るとなったら久しぶりに晴れた。
 「包む時になったら行けばいいよ。」
 おばはソファでスマホのゲームをしている。いつもこれくらいの時間にバイオリンでスケール練習している人がいて、どこの家なのか、窓の外から聴こえてくる。

久しぶりにいい天気。

  おばたちが一人一人やってくる。日曜日は母の日で、この間原住民テレビで紹介されてたレストランに行ってみたいと母が言うので調べると、すでに予約いっぱい。もう出遅れたし、我們先去買蛋糕好啦、夜は近所でどこか空いてるところで食べよう、一軒くらいあるよ、とのんびり話していると、家の電話が鳴って、「我們現在在永康街,你們要不要吃蛋糕」とおばが言う。15分もしないうちにチャイムがなって、おばと台中にいるいとこ(台中にいるいとこ3人のうち一人はおばの息子)が玄関に立っている。母の日に台湾にいるなんて久しぶり。10年は経ってるような気がするけど、いつだったか思い出せない。でも母とおばといとこと、最後に4人でこのリビングでこうしてた時と今も大して変わらない話をしている。あそこの陽春麵の店が無くなった、あそこのレバーが一番おいしかったのに、ああ、薄く切ってね、あの角の乾洗店はもう長いよね、對、他很久了、ALLIEの日焼け止めは緑色が一番肌がきれいに見える、「お久しぶりね」我最喜歡聽那首歌、小柳ルミ子だっけ?、對對對、20歳くらい年下のだんながいたよね、好厲害喔、原本是在她後面跳舞的啊、おーおーおー。思い出話。噂話。思い出話。なんでもない話。中国が台湾を欲しい?、那試試看好啦、デカすぎて自分の国も管理できてないくせに、来てみてごらんよ、我們才不跟你講中文好不好、タイヤル語でしか話してやらんぞ。普段タイヤル語を話すことのないいとこがタイヤル語でまくしたて始めてみんな笑う。ケーキを食べて、リビングでカラオケ歌って、近所の半年くらい前にできたリゾット屋へ行って、いとこはデザートに檸檬老奶奶を、母とおばはフレッシュグァバジュースを頼む。レモンばあさんって名前のデザートとは何のことかと思ったら、パウンドケーキが出てきてちょっと笑った。一口もらって食べてみると、少ししっとりして甘酸っぱい香りの、素敵なおばあちゃんだった。

 月曜日にはアイー。家の電話が鳴って、「あと7分で着くから、巷子口まで迎えにきて。この豚肉持って一人で歩けない」とアイーが言って、母が迎えに行った。豚肉は十分足りてるのにもう1斤追加で買って、新店からタクシーでそこの角まで来た。うちの前の通りは車が入りづらいので、どこの角でタクシーを降りるかみんなそれぞれ好みがある。
 「着いたって教えてくれなくても、声が聞こえるよ。」
とおばが笑っている。地面にいるアイーの声が、私とおばのいる7階のリビングまで聞こえる。楽しい時も不満な時も同じくあの大きな声。

 もち米を一晩水につける。竹の葉は潔癖症の名残りのある母がすでに一枚一枚、煮沸消毒している。全部で400枚くらい。豚は炒める前に一度全部茹でる。その前に豚の毛を抜く。アイーが私が20代の頃奮発して買った2800円のピンク色の毛抜きを使っている。「豚用じゃないからやりにくいんだよね」と母が言い、アイーは「這個不行」と、私の自慢の毛抜きがまるで役立たずのゴミであるかのように言い捨てる。豚の毛抜きを買いに行く。4斤の豚をゆで、たくさんあるから少し使ってひょうたんと一緒に薄味のスープにし、お昼ごはんにする。この豚肉は確かにおいしい。そう豚肉をほめると、アイーはまるで自分がほめられたかのように、栄誉に満ちた顔つきになる。あんまり誇らしげなので、
 「あの豚って新店のあたりで飼ってる豚なの?」と母に聞くと、
 「不是呢。足のところに『台東』ってしっかりスタンプ押してあったもん。台東の豚でしょ。」と言う。
 おばはとっくに酔っ払っている。 料理用の母の米酒を一瓶すっかり飲んでしまって、母と新しいのを買いにカルフールへ。カラオケマイク用の単3電池、液体蚊取り線香もついでに。電池は買一送一だからもう一パック持っていって、とレジで言われる。愛之助のカリカリの袋が空になったので、ついでにペットショップへ。カンガルーとフリーズドライ羊の肺MIXのカリカリ。これを深海魚カリカリと混ぜて食べるのが愛之助の好み。おやつは日本からおみやげに持ってきた無一物。無一物という看板がうちの近所に出ていて、そこは海產粥の店だ。いつも結構混んでる。人間用の粥だけど、看板の文字のフォントが愛之助の無一物のフォントと全く同じだ。

ちまき作りでワイワイする人間たちから少し離れ、こちらを眺める愛之助。

 ちまきをいざ巻き始めると、玄関のブザーが鳴って、萬華のアイーがやってくる。ドアを開けたいけど豚の油だらけになった調理用の手袋がなかなか脱げず苦労していると、ブザーがもう一回鳴る。アイーはちょっと手伝っただけでちまきを持って帰るのも悪いと思ったのか、おみやげに山肉を持ってきている。もち米の入った大鍋、豚肉・椎茸・干しエビが入った大鍋、竹の葉が入ったバケツの周りに、私たちはプラスチックの赤い椅子、愛之助のピンクの椅子、桶屋で買った檜のお風呂椅子を並べて座り、次々とちまきを包む。
 「嫁に行ったばかりの頃、あの外省人の姑と小姑たちが後ろで私を指差して、他們在笑我呢。どこの原住民がちまきなんか巻けるんだよ。」
 「なんと心が悪い。」
 「本当に心が悪い。」
 「心が悪い。」
 おばは萬華のアイーと久しぶりに会えてよっぽどうれしいのか、何度も何度も、久しぶりだねえとくり返す。朝からまた母の料理酒を一瓶飲んで、竹の葉っぱで作った三角にはどう考えても入りきらない量のもち米に、大当たりみたいな量の豚肉を乗せて、あっははあはははと笑っている。あっちから豚肉がはみ出たり、こっちからもち米とエビが飛び出したりして、もうどうにもならなくなったちまきの巻きかけを、おばは萬華のアイーにかわいく押し付ける。
 「助けてください〜。」
 「アガイメチャウナヌカニ!妳要幹嘛。」
 怒られても呆れられても、おばは笑っている。
 「我們來喝,海尼根,好嗎?」
 もうやめなさいよ、巻き終わってから飲みなさいよ、どこの誰が巻きながら飲むのよ、私の米酒昨日から全部飲んだくせに、と母たちが口々言っても聞かずフラフラと財布を取りに行き、そのまま玄関を出ていった。
 
 赤と白のストライプの袋に、ハイネケン1パックを入れておばが戻ってくる。近くの雑貨店で買ってきたんだろう。おばは地べたに座り、萬華のアイーと私にハイネケンを開けてくれる。母と新店のアイーはあまりお酒を飲まないし、酔っ払ったアイーの後始末をするのはこの二人なので、酔いながらもそこだけは理性が働いているのか二人に酒は勧めない。
 「我真沒有用。我是廢物。」
とおばが言い始める。新店のアイーが、
 「世界沒有沒有用的人。みんながそれぞれのやり方で役に立っている。どうやって役に立つかは人によってみんな違う。そういうこと。」
ときっぱりと答え、
 「今日はそこで応援しててくれればいいよ」
と私もおばを励ましてみる。對啊、鼓勵一下嗎、と母はふざける。
 励まされたおばも、新しいママ探しに行っちゃおうかなあ、我還可以呢、とふざけ始めて、萬華のアイーが、ついでに私にもママ探してきてよ、私と同い年くらいの七十くらいの、遺産持っててもうすぐ逝っちゃう那種的喔、とふざける。
 「もうすぐ逝く那種的でもまだ女が欲しいかね」
 と新店のアイーが言って、萬華のアイーが、
 「妳稍微給他摸一摸、ちょっと触ってあげたらいいでしょう?」
 と答えて笑う。ちまきがどんどん包まれていく。

本日の成果。

 今日のところは116個。豚肉がずいぶん余って、ちまき経験豊富なアイー二人が話し合い、もち米あと4斤くらい包めるね、と合意する。
 夕方、おばに頼まれた烤鴨を1/2隻、自分用のコーヒー豆を1/2磅、雑貨店へもち米を4斤、買いに出て、少しだけ一人になる。街に人があふれている。雑貨店のおばさんが、どの種類のもち米がほしいのか私にたずね、「今回台湾に帰ってきたのは仕事?おやすみ? それにしても口元がお母さんそっくりよね」と言う。そういえばこの人にいつだったか、あの時もこうやっておつかいをした帰り際、「母情節快樂!」と言ってこの階段を降りたことがあったと思い出す。いつもすっぴんのおばさんが、あの日はきれいにお化粧をして、オレンジ色の服を着ていた。祝全天下的母親,母親節快樂。明日また母たちと、残りの豚肉でちまきを包む。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?