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ホウセンカ(誕生花ss)

 それは禁忌だった。その、白い肌に触れるのは。

 戦の神に愛された「奇跡の少女」をひと目みようと、見物客でごった返す中をかき分けて進んでいたら、不意に全然人のいない空間に押し出され、気がついたときには、ぼくの指は彼女の指に触れていた。遠くから見た時には無表情だったその顔に、驚きと戸惑いが浮かび、刹那、その視線がぼくを捉えた。
 しかし次の瞬間、ぼくは両腕を拘束されて床に転がされたので、すぐに彼女は視界から外れた。
「神の愛子が汚された……」
「なんてことだ、次の戦はもうすぐだというのに」
 周りからそんな声が聞こえてきて、ぼくはことの重大さに気がついた。
「奇跡の少女」に触れてはいけない。触れてしまうと、その神通力は失われる。即ち、国が戦に負ける。
 牢に入れられた時には、もう諦めがついていた。どうしようもない。きっと国賊扱いの上、処刑されてしまうのだ。
 だから、石造りの冷たい部屋に、高めの声が響いた時には心底びっくりした。
「あなたを逃しに来ました」
「奇跡の少女」が、鉄格子越しにこちらを見ている。神託を告げる時しか発されないその声色は可愛らしく、とても生贄の儀を執り行なうようには思えない。
 開け放たれた扉から恐る恐る出ると、彼女は花のような微笑みを見せた。
「あなたのお陰で、私は力を失いました。人が暖かいのだと知ってしまったから……もう、私には生贄を捧げることは出来ません」
 そう言って、ぼくの手を取った。
「儀式のできない私は、きっと殺されるでしょう。だから、一緒に逃げましょう。この国の外へ。もっと温かい場所へ」
 少女の手は、ぼくなんかより余程、暖かくて柔らかかった。


 9月18日分。花言葉「触れないで」。

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