オリーブ(誕生花ss)

 地球に残された最後の楽園と称される、絶海の孤島を訪れた。そこには疫病も諍いも差別もなく、人々は皆、いつでも穏やかに微笑み、島の外で起きているあらゆる出来事から切り離された生活を送っているというのだ。
「ようこそ、最後の楽園へ」
 日に焼けた肌を晒したガイドが、にこにこと出迎てくれた。島で唯一のホテルは素朴な造りだが、汚染とは無縁の美しい海に面しており、とても快適だった。数日かけて島を一周し、街の人々との触れ合いを楽しんだ。確かに、誰もが穏やかな笑顔である。観光客の受け入れも珍しくはないようで、私がカメラを構えても、騒ぎ立てる者もいなかった。
「本当に皆さん、穏やかですね。平和そのものだ」
 私の言葉に、ガイドはちょっと首を傾げた。
「来る人は皆そう言いますが、実際のところ、暮らしている私たちには、よく分からないのです。これが、他の国でも普通ではないのですか」
「ええ。犯罪や差別が横行していますからね」
 ガイドはふうむ、と肩を竦めたが、すぐに話を変えた。
「まだあと三日、滞在しますね。あなたは運が良い。とても楽しい催しを見られますよ」
 どんな催しかは教えてもらえなかったが、瞬く間に、その日が来た。ホテルにやって来たガイドは、それまでとは様子が違った。全身に泥を塗りたくり、島の植物の葉を身につけ、竹の槍に似た武器を携えている。
「観光客は巻き込まないですから、安心して楽しんでください」
「いやいや、何が始まるって言うんだ。それは、どう見ても……」
 私の不安げな眼差しに、ガイドは屈託のない笑顔を浮かべた。
「はい、戦争をします。この間お話ししたように、私たちには、皆さんの言う『平和』が普通すぎて、そのありがたみがよく分からなくなってしまいます。なので、一年に一度、島を二分して、戦争をしているのです」
 絶句する私に、ガイドは白い歯を見せた。
「本気の戦争ですから、人も死にます。たくさん。決められた期間が過ぎたらそこで戦争は終わって、私たちは毎日の平和が、平和であることを実感するのです」
 万事に対する感謝を思い出せる、良い催しですよ、と彼は頷いた。


 花言葉「平和」

いただいたサポートは、私の血となり肉となるでしょう。