【小説】 に巻き上げられた 埃
買ってきた本を読みながら頁を繰ったとき、パラパラと余計にめくれ、そのときちょうど欠伸が出たから、本に書いてあったいくつかの文字が、開いた口に飛び込んできたらしい。口を閉じたら、しゃりしゃりと妙な音がした。
はて、文字の味とはこんなものだったかしらん。
最後に味わった文字は、確か「氷」だった。冬の冷たい朝のことで、そのとき私は、凍った土地に生きる人々の暮らしを描いた本を読んでいた。時計の針を気にしながら読んでいたのを覚えているから、きっと仕事のある平日のことだったのだろう。寒い朝、ストーブすらつけず、ただ熱い紅茶のみを湯たんぽがわりにしながら開いた本に目を落とし、頬杖をついて欠伸をしたときに、「氷」の文字が口へ飛び込んできた。その一瞬は目を閉じていたたため、一体何の文字を口にしたのかわからないままに、口の中が何かに刺されたように冷たくなった。慌てて頁を確認すると、「氷の大地」の部分が「 の大地」になっていた。まさしく、「氷」は氷の味だった。
今は、春の宵である。だからという訳ではないが、私が今読んでいるのも、温かな地方に生きる人々の暮らしを描いた本だ。先ほど口に飛び込んできた文字も、別に冷たくはなかった。でも、じゃあ何の味がしたかというと、それが定かではない。ただ、しゃりしゃり、ざりざり、という感触ばかりが、やたらと印象に残る味だった。そういえば少し、青臭いような風味もした。いくつかの文字を食べてしまったようだから、いくつかの味と食感がしたのだろう。
さて、と頁を確認する。
「 に巻き上げられた 埃」
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