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★★★☆『毒殺の化学』ニール・ブラッドベリー

毒殺で使われる化学物質をストーリーと共に紹介する本。各エピソードが興味深く、化学の知識も学べる。

印象に残ったことを下記。

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・poisonとtoxinどっちも毒だが、前者は生物/化学由来問わない一方で後者は生物由来。toxinはギリシャ語の矢尻に塗った植物由来の抽出液(エキス)から。それが学問のlogiaと合わさってToxicology(毒物学)へ。poisonは液体を表すラテン語potioから古フランス語のpoisonへ。

・毒殺には計画が必要、衝動的な殺人はできない。男性も女性も平等に、人を殺せる手法。

・インスリンで昏睡させ、浴槽に沈めて窒息死。インスリンが分泌されると、血糖値が下がる。(血液から糖を吸収させる働きが増えるため。)

・アトロピンは、神経の受容体に間違って結合してしまうため、神経伝達物質が正しく伝わらなくなる。

・モルヒネ中毒の特徴的な症状は針状瞳孔。

・ストリキニーネは苦しみ悶えて死ぬ。皮膚に触れるだけで体の不調をきたす。全身が痙攣して、感覚が鋭いまま生き地獄を味わって死に至る恐ろしい毒物。

・神経伝達物質を阻害するトリカブト。塩100-200粒相当で致死量。植物性アルカロイドは苦い。鳥に食べられづらくする。

・毒って、結局身体にとって害のある化学的な結合なんだなと感じる。それゆえ、確かに量を変えれば薬になる。

・冷戦時代のスパイ、毒物の研究所や殺戮兵器って存在したんだな。リシン恐るべし。3マイクログラム(塩2.3粒)で致死量。タンパク質を作る情報を伝達する(複製する)役割のリボソームを破壊し、タンパク質を作れなくする。一つのリシン分子で1分間に2,000個のタンパク質を破壊、徐々に体を破壊し尽くす。怖すぎる、、この猛毒。

・心臓の異常作動を引き起こすジゴキシン。適量だと心臓の鼓動を強めるが、その幅はあまりにも狭く、少しでも多いと心不全の元になる。病院の救急病棟にて、ジゴキシンを使って大量殺人(推定400人以上)を働いた看護師。。

・シアン化合物は猛毒。シアン化カリウム(青酸カリ)は50-100mg(ティースプーン1杯の1/100)で大人の致死量。しかしシアン化合物が分子の一部ならば、形態によっては完全に無害。

・シアン化合物は細胞中のエネルギー(ATP)を発生させる基となるミトコンドリア内の鉄分子と強く結合して、細胞のエネルギー生成を阻害することで人体に深刻な影響を及ぼす。

・シアン化合物は迅速に作用するため、中毒者の95%は死に至るが、非常に有効な解毒剤もある。ビタミンB12に含まれるコバルトはシアン化合物に引っ付くので、シアン化合物を不活性化する事ができる。

・カリウム中毒。心臓を動かす微弱な電荷を作る、ナトリウム-カリウムのイオン交換を阻害。カリウムが多いとイオン交換ができない。すると心臓が鼓動できなくなり、急な心停止に至る。

致命的な金属元素である鉛、カドミウム、ポロニウムなど。ポロニウム210は1マイクログラムで致死量。
体は金属を無差別に吸収する仕組みを持つ。ポロニウムも口から摂取されたら吸収される。ポロニウムは微弱な放射線であるアルファ波を発する。アルファ波は皮膚で(紙一枚でも)防げるが、経口接種したら防げない。アルファ波はDNA鎖を破壊するのと水分子から電子を1個飛ばしてフリーラジカル物質を生じさせる。腸のような、3-7日で一新される(つまりDNAの複製機能が活発な)臓器はDNA鎖破壊による甚大な影響を受ける。肝臓の機能破壊により黄疸が生じ、心臓の機能停止(心不全)に繋がる。毛包など分裂の速い細胞も破壊されるので、急速に毛が抜け落ちる。

ヒ素をめぐるドラマチックな殺人。おとぎ話のような、身分差の結婚を許されず殺害すると。そこにヒ素常食者(アーセニックイーター、オーストリアのシュタイアーマルク州では強壮剤としてヒ素が用いられる)の理論が展開されて裁判を撹乱させ、結局殺人の意図はあったが被害者の自業自得ということに。このストーリー、ほんと面白い。語り口が巧みだ。
やはりヒ素も治療薬として用いられていた。

肺を破壊する塩素。肺の酸素交換を阻害し、窒息死に至る(肺の細胞が破壊される事で体液が染み出し、窒息死することも)。第一次世界大戦で化学兵器(塩素ガス)として使われた。塩素に晒されたら解毒剤はない。

ありがとうございます!