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この夜は世界のどこかと繋がっている|映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』

一人ぼっちの夜に、この作品を観て欲しい。

タクシードライバーとお客さんとのとりとめのない会話。なんでもない夜に、もしかしたらこんなドラマチックな物語が生まれてるかもしれない。1991年に制作されたジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』(原題 : Night On Earth)は、5つの都市で起きるタクシーでの出来事を切り取ったオムニバスコメディ映画だ。

タクシー運転手という仕事は不思議なものだ。様々な人を運んでは降ろし、街を走り続ける。その一期一会がドラマチックだし、出会っては別れを繰り返すタクシードライバーのひと時に、人生がぎゅっと詰まっている。

『ナイト・オン・ザ・プラネット』
(監督:ジム・ジャームッシュ、主演:ウィノナ・ライダー他/1991年)


ありのままの自分で

初めの都市は、夕方のロサンゼルス。顔の半分ぐらいありそうなドでかいサングラスにタバコをふかした痩せ型の女の子。右腕にはサイコロのタトゥー。華奢な腕で大きい荷物を手際よく積む運転手のコーキーをウィノナ・ライダーが演じている。夢は整備工。

彼女が乗りこなすデカイアメ車の黄色いタクシーは、映画のキャスティングをしているヴィクトリアを乗せる。ヴィクトリアは新作のキャスティングに困っていた。そこでコーキーを見て、いいことを思いつく。「映画スターにならないか?」誰もがとびつくような提案なんだからと言わんばかりの顔でコーキーを口説く。みんな映画スターになりたがるのよ!?それでもコーキーは何の迷いもなく断る。

“うまくいえないな。あたしは人生のプランを立てていて、そのとおりに進んでいるの”

ロサンゼルスは19時02分。


続いて反対側のニューヨークは22時07分。ブルックリンに帰りたい黒人のヨーヨーに止まってくれるタクシーはない。しばらくすると1台の妙にブレーキを踏むイエローキャブが目の前で止まる。少し怪しい気なそれは、東ドイツから来たばかり新米運転手のヘルムートのタクシー。お客のヨーヨーは、彼の運転の下手さにみかねて自分で運転するという。

目的地についたヨーヨーはわざとヘルムートに少しだけ少ないお金を支払って、ニューヨーク流儀を教える。お金は必ず数えること。そんなヨーヨーにヘルムートはこう言う。

“金は必要だが重要じゃない”

アメリカで働く二人は自分のことがよくわかっていた。道に迷っても、甘い誘いがあっても、お金や名声よりずっとずっと大切なものがある。


見えるとは何なのか

3つ目の都市はパリ。電車が動き出した朝4時07分。運転手は態度の大きな2人の客にうんざりしていた。腹が立った彼は、お客を途中で降ろしてしまう。むしゃくしゃしながら走っていた彼が乗せたのはベアトリス・ダル演じる盲目の女性だ。

運転手は、目が見えないのにメイク直しをする彼女をとても不思議そうに見つめる。彼は彼女にこう尋ねる。「俺の肌の色は何色だ?」

“そんなこと関心ないわ。色の違いなんか無意味よ。私は色を感じるの”


同じく午前04時07分、場所はローマ。陽気な運転手ジーノを演じるのはロベルト・ベニーニ。ジーノが明け方に出会ったお客は神父だった。

ジーノは神父に向かって今から懺悔をしたいと言いながら話し出すのは下ネタばかり。実は神父はそれどころじゃなくてとても具合が悪い。心臓病の薬を飲もうとするも車が揺れて落としてしまう。自分のことに夢中なジーノは苦しそうな神父に気づかない。明け方のローマは無責任だ。

ヨーロッパの街は、物事をよく見るってことを教えてくれる。


それでも人生は続いていく

最後はヘルシンキ。朝の5時07分。道にはうっすらと雪が積もり、運転手のミカはお客の待つ場所へと向かう。待っていたのは、へべれけになった友を介抱する二人の大きな男たち。

今日は最悪な日。彼らはタクシー運転手のミカに職を失った友の話をはじめる。次々に重なる不幸な出来事。それを聞いたミカは自分のことを話し始める。彼らの不幸以上の自分の身の上を。

お客を降ろし、陽は明けていく。うっすらと明るいヘルシンキの空。

♪ 幼い少年のころ 月は真珠に似て 太陽は黄金のように輝いていた
やがて大人になると 吹く風は冷たく 山々は上と下がひっくり返った
今はその世に長の別れを告げるとき 懐かしさが俺をひきとどめる
もう一度チャンスに賭けよう♪


タクシーはまた、街に戻ってゆく。辛いことがあったって人生は続いていくから。

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