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城の怪異


 連日猛暑が続いている。怪談でもしたら涼しかろうと思う。
 僕は城歩きが好きで、城跡で怖い目にあったことは何度かあるが、その中でも少し不思議で、特にヒヤリとしたことをいくつか、書き留めておく。個人的にはかなり怖い話だけど、読む人にはあまり伝わらないかもしれない。



ある丘の上の城の話


 ひとつめの話は、ある丘陵地の城に行ったときのことだ。その城は丘陵を開発した住宅街の中にあった。城の中心部は宅地開発で煙滅したが、一部が開発されずに残されている。その一帯は砂礫層で崩壊しやすく、どうやら開発ができないらしい。物好きな僕は残った部分だけでもと思い、城趾を訪ねてみた。城趾に行くには最寄りの駅から住宅街の中の坂道を登って行く。坂道を登りきって、右に折れると、住宅の裏手の擁壁の上に森が残っていた。これだ。

 森の中に入ることにした。住宅街の擁壁をよじ登って、森の中に入る。右は崩落しているので少し緊張した。篠竹の藪をなんとか抜けると、左側には住宅街が迫り、右側は崩落している細い尾根が続いていた。その尾根を数分辿ると、先行情報にあった通り掘切が現れた。
本当にあったんだ!

やっとの思いで見つけた掘切


 掘切から先にも細い尾根が続いていたので、辿っていくことにした。しかし、篠竹が生い茂っていて歩きにくいことこの上ない。人が歩くことはまずないようで、狸か何かの獣道がついているのみである。

お分かりいただけるだろうか、この急斜面


 500メートルほど進んだが、遺構は何もなく、戻ることにした。相変わらず尾根の西側はとんでもなく急になっている。笹薮が茂っていて登れないピークが出てきたので、軽く巻くことにした。 そのとき、ズズッと足を滑らせてしまった!

 下は30度を越えるのであろう斜面だ。遥か下の方に住宅が見える。斜面は急だったが、落ち葉が積もっていたので、足で地面を削ると止まった。滑り落ちたとはいっても数メートルをずり落ちただけだったので、命の危険は感じなかった。落ち葉の積もった斜面を、木の根っこや、生えたての雑草を掴みながら(雑草さん、ゴメンナサイ!)はい上がって、尾根に復帰して帰った。

 城からの帰り、近くの駅の方に歩いていると、前を歩くアベックが話していた。

「この間、酔っ払いが死んだんだって」
「どこで?」
「あの辺で、足を滑らせて頭打って死んだんだって」

女の人の方が酔っ払いの死んだ話をしていた。
 彼女の指さした場所は、ちょうど道の擁壁の下にある、緑地のような場所だった。少し道から高さがあり、確かにここから落ちれば打ちどころが悪けりゃ死ぬかもしれない。
 道路からそこをじっと見ていて気づいた。その場所は、僕がついさっき滑り落ちたところの直下だったのだ。
 酔っ払いが僕を呼んだのかな……まさかね。人は割と簡単なことで死ぬんだなあと思いながら、その日は帰路に就いた。

(諸事情あって城の名前は伏せている)




とんぼ玉の話


 ふたつ目は、山梨の上野原の城に行ったときの話。その日は小伏集落という、1日数便バスが走るバス停からさらに歩いて三十分の、なかなかアクセスの悪い集落に行く予定だった。小伏城というごく小規模な城を調査するためだ。

小伏城縄張図

 しかし極小の城を踏査しただけで帰るのも癪なので、小伏集落に行く前に牧野城という山城を見た。それから、小伏集落の帰り、時刻は2時前くらいで、まだまだ日も高かったので、大倉砦という山城に寄ることにした。

 ところで、皆さんは登山をするときにお守りを持っていくだろうか。僕は特段、信心に篤いわけでもないのだが、ザックにお守り代わりのとんぼ玉をつけている。奥多摩の御嶽山に登ったとき、山頂の御嶽神社で授かったものだ。ザックにつけているのは、魔除けになるだろうから、というのと、御嶽神社は大口真神を祀っているので獣除けになるだろうし、蜻蛉の形なので虫除けにもなるだろう、という半ばこじつけのような理由からでもある。
 サテこのとんぼ玉の効力は、ひょっとすると本物かもしれない、と思わせるようなことが、この日に起きたのだった。

 大倉砦から下山して、とんぼ玉をぶらつかせながら田んぼの畦道を歩いていた。日が傾き始め、無数の赤とんぼが飛び交っている。
 実に平和な帰路だったのだが、あぜ道を歩く途中、突然、左胸に鈍痛が走った。我慢できないような痛みではなかったのだが、これまでそんなことは無かったので、なんだろう、と思う。ふと左胸を見てみると、件のとんぼ玉がザックのバックルに挟まっていた。さっきザックを降ろしたとき、挟まってしまったのだろうか。心無しかとんぼ玉が痛そうだ。ありゃりゃ、と思ってバックルをカチッと外してしばらく歩いていくと、次第に胸の痛みが治まってきた。
 その日は、少し神妙になって、とんぼ玉を拭いてから寝た。それ以降、胸が痛くなったりしたことは一度もない。

 やはり、御嶽神社のとんぼ玉というのはホンモノなのかもしれない。

とんぼ玉 ザックにつけている






王城公園の坂道の話


 みっつ目は、長野の佐久でのことである。その時は友人と中山道を歩く旅の道中だった。佐久平駅前の宿に泊まったのだが、近くに王城という城があるのを知った僕は、早朝に散歩がてら行ってこようと思った。友人に断って、朝4時に起きて宿を抜け出した。しかし、僕の目論見には誤算があった。友人と中山道を歩いたのは、佐久盆地がとびきり寒くなる12月だったのだ。その時の僕は防寒対策をばっちりにしていたので寒さは大したことなかったのだが、何しろ夜明けが遅い。12月の朝四時はまだ深夜の暗さである。宿を出たとたん後悔したが、部屋に戻るのも馬鹿らしいので行くことにした。

 わずかな街灯がともっている以外は真っ暗な佐久の街の中を城に向けて歩いていった。星空がとんでもなく綺麗で、10分に一回くらい流れ星が見えた。しばらく歩くと、住宅街の中に、川に面した小高いところが見えてきた。木が生い茂っているのが暗い中でもシルエットになって見える。王城公園だ。

 暗い。まずは入り口の写真を撮った。暗くて良く見えないが、どうやらコンクリートの坂道が小高い丘の上に続いているようだ。その坂道を登る最中、言いようもない寒気に襲われた。怖くなってその場を駆け抜けて、丘の上の平地に出た。丘の上は何の変哲もない公園で、川に面した側は見晴らしが良くなっていた。

公園からの景色。真っ暗だ。


 明かりがないので、公園の隅の方は真っ暗で、まだ城を散策する気にはなれない。そこで、見晴らしのいい場所からしばらく星空を眺めて、あっ、流れ星、あっ、人工衛星、などと独りで興じていたのだが、いつまでたっても明るくならない。当たり前だ。その日は冬至だったので、7時前にようやく日の出だったのだ。

 寒いわ暗いわで星を見るのにも飽きて、城の周りを歩いてみることにした。例の坂道を下るときに限って、また寒気がする。何かがいるのか?坂道を下りきったところで、王城公園のプレートを見つけた。パチリ、と写真を撮る。シャッター音が少し気味悪かった。

 一度城のある丘の下の道路に出て、川の方まで歩いていく。川を渡る橋からは、王城が見渡せた。真っ暗で寂しげな林だ。橋の半ばくらいまで行ってから再び戻ってきた。その途中、道の脇に巨大な穴があった。真っ暗で少し不気味だった。あれは何だったのだろうか?

 再び王城公園の入り口に戻ってきた。少しは明るくなっているかな?と考え、また坂道を登った。やっぱりイヤ〜な感じだ。この坂道だけ、イヤ〜な感じがするのだ。城の上に行ってみたが、結局まだ暗いままだった。諦めて宿に引き返すことにした。例の坂道は小走りで駆け抜けた。

 城は見られなかったけど、なんだかんだ楽しかったな、今日も中山道を歩くぞ、とぶつぶつ言いながら夜明け前の佐久の街を歩く。途中、コンビニがあったので暖かいコーヒーを買った。そのイートインスペースで、今日撮った写真を見ていると、不思議なことに気づいた。

 2枚、真っ黒な写真がある。他の写真には夜の景色が写っているのだが、2枚だけ、真っ暗なのだ。レンズの不良かな、と思ったが、写真アプリで明度をいじってみると変なモヤのようなものが出るので、完全に真っ黒というわけでもないようだ。しばらく写真フォルダとにらめっこしていると、王城公園の入り口を写した写真がないことに気づいた。あの坂道の手前のところだ。つまり、この真っ黒な写真は、王城公園の入り口を写したものだ。

 怖くなってきた。やっぱりあの坂道で感じた寒気は本当で、あそこには500年以上前にあの城で起きた合戦の怨嗟のようなものがまだあるのかもしれない。一応、その画像も貼っつけておく。霊感のある人とかが見たら、分かるのだろうか。僕はそのあたりが鈍感なので、そのあと何事もなく宿に戻り、友人と中山道を歩いた。しかし、今でも写真フォルダを見返して黒い写真が目に入るたびに、怖かったのを思い出す。

これがその写真。明度を上げるとモヤがうつる。
にまいめ
昼の王城公園の入り口。一応掲載。
Googleストリートビューより




最後に

 さて、ここまで城の怖い(?)話をつらつら書いてきたが、多少は涼しくなっただろうか?
 正直に言って、他人が読んでいて恐ろしい話かと聞かれると少々疑問符がつく。しかし、当事者である私にとっては、今でも覚えているくらいには怖かった出来事だ。

 そもそも、城というのは端的に言えば人を殺すためにつくられた暴力装置で、そりゃあ殺された者の恨みつらみだってあるだろう。数百年が経って、それらの城は風雨に削られたものの、未だにしぶとく、地形として、伝承として、その姿を残している。まるでいつまでも残り続ける怨霊のように。

 そんな城をのこのこ歩くのだから、多少の怖いことだってあるはずだ。しかし、僕は城を歩くのをやめない。次々に立ち現れる掘切や、土塁や、切岸が、言いようもない魅力で僕を誘う。僕はもう、城を歩くのをやめられないのだ…………

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