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コーヒーと焼き菓子
キッチンに小麦粉、砂糖、ココアパウダー、卵は常備している。
ここにバターさえ買ってきたらだいたいの焼き菓子の材料が揃うし、必要に応じてチョコ、粉糖、ラム酒かブランデー、バニラオイルも買ってこれば更にバリエーションは広がる。
私にとっての1番の贅沢なコーヒー時間は、手作りのお菓子を焼いてコーヒーのお供にする昼下がりまたは深夜帯のひとときだ。
お菓子を焼くようになるまで
幼稚園に通うような5歳前後、クリスマスが近づくと母、姉、私の3人でジンジャークッキーを焼くのが恒例行事だった気がする。
気がする、というのはあまり覚えていないからで、子どもに四季の節目や行事や慣例を伝えたいという方針の母の計らいがあってこそ成り立つイベントだった。
母らしいのが、元からそんなに手間ひまかかるものが好きではない母が、姉がクッキーのレシピを覚えたタイミングでイベント自体を「お姉ちゃんさすがね」みたいに責任感が強い姉にうまく譲ったことだ。
それからは姉とわたしの2人でクッキーを焼いたが、母の教育虚しく慣例を嫌がる私が面倒くささにギャン泣きしたか何かでクッキーを焼くイベントは消失した。
実家に置いてあったお菓子のレシピ本を見て、姉がマドレーヌをはじめとするお菓子を焼きはじめたのは彼女が高校生の頃だった。
元から手間ひまかかるもの、細々としたものが好きで丁寧な姉がつくるお菓子はどれも美味しかった。
姉がやるなら真似したくなるのは妹のサガで、小学生高学年のころ、姉監修のもと私もマドレーヌを焼きはじめ、お互いキッチンに立ち合いお菓子を焼く趣味は、お互いに実家を出る姉が20半ば、私が20前半まで細々とだが続いた。
私たち姉妹がお菓子を焼き始めるのは21時からだ。
夕飯の片付けが終わり、台所が無人になるタイミングで新聞紙をテーブルに敷き、ボウルやお椀に材料を量り、卵やバターを常温に戻し、オーブンを予熱する。
レシピを見て気になったアイスボックスクッキー、バレンタインに友達に贈るフォンダンショコラ、難しいと知りながら背伸びをしてチャレンジしたシュークリーム。
この生地の状態は次のステップに進んでいいのか、ちゃんと良い焼き目がつくか、膨らむのか、卵くさくならないか、心配しながらお菓子を育て焼き上げレシピを覚えていった。
マカロンのピエができない、アイシングが緩いなど失敗があり、ロールケーキがうまく巻けた、ラム酒をアホほど入れたブラウニーが美味しいなど成功もあった。
母がコーヒー党で、甘いものに合わせるのは専らブラックコーヒーだった。
焼きたて、つくりたてのお菓子の端っこをインスタントコーヒーを淹れて一緒につまむ。
粗熱をとって冷めた状態が本来のできあがりなので、一晩寝かせて家族に提供し、その時もコーヒーを淹れた。
父は氷を入れたブラック、母はホットのブラック、姉は気分によるので聞くがだいたいカフェオレ(チョコレート菓子の場合はホットのブラック)、祖父母は砂糖を入れたカフェオレ、祖母の方が砂糖多め。
誰がどのコーヒーを好むのか覚えるのは、母か私の2人だけだったし、姉は自分か母か私以外にコーヒーを淹れなかったので、それ以外の家族には私が淹れた。
姉は高校で弓道部におり、そこの1つ年上の先輩に憧れ、部活のみんなに差し入れをする体裁でクッキーを焼き、私は小学校5年生の頃好きだった男の子にチョコのガナッシュを包んだ大福をつくった。
2人姉妹なのに大人になるまで恋愛の話をタブー視してきた。
「先輩にクッキー渡せた!」と母に喜んで伝える姉に無粋な私は「先輩のこと絶対好きなんじゃん」と水を差して「先輩は憧れであってそんなんじゃない!」と喧嘩になり、私がバレンタインの時期にラッピング用の箱を買ってまでチョコをつくるので姉が「相手男の子でしょ、だれ?」と聞いてくるので「女友達!!」と半ギレで返した覚えがある。
お菓子作りの趣味を共有していると、どのタイミングで誰に何をつくるかの情報から何かしら分かってしまうこともあった。
今の習慣
実家を出てからも私はお菓子を焼き、できあがるとコーヒーのお供にする時間をつくった。
新卒で怒られてばかりで嫌になったとき、生クリームとイチゴのクレープや、マスカルポーネのティラミスのパンケーキを作って甘いものを夕飯にする背徳感でストレスを紛らわし、お菓子作りの楽しさを思い出したことが始まりだった。
そこからGWのように祝日がつづくとき、秋になって好きなカボチャを甘くこっくり味わいたいとき、バレンタインで街が浮かれているとき、クッキーを焼いたりパイを焼いたりケーキを焼いたりパフェを組み立てたりして、お決まりでインスタントのコーヒーを合わせ、甘さをリセットした。
キッチンに常備をしてある小麦粉、砂糖、卵、ココアパウダー、そこにバターを買ってきたら、いつものキッチンがお菓子作りのための趣味の空間に変わる。
いつもの材料にバターさえあれば、甘くて美味しい特別なお菓子に変わるなんて魔法みたいだなとお菓子を作りはじめた子どもの頃から思っている。
チョコを湯煎するとキッチンに広がる甘い匂い。オーブンで焼いたクッキーやケーキのバターと砂糖の残り香がつづく幸せの跡。
出来上がったお菓子の焼き上がりを少しつまんで、粗熱をとって冷めたらケトルでお湯を沸かし、インスタントコーヒーをマグカップに淹れる。
お気に入りのお皿に盛って、すがたかたちを愛でてコーヒーのお供にすれば、いつもの「ケ」のインスタントコーヒーが「ハレよりのケ」に変わるひとときとなる。
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