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記し、記される /または 記されつつ記す

今日から始めてみます。

私が大好きな言葉を書きたいと思うけれど、なかなか書けない理由は、
「誰かの役に立たなければならない」という思い込み
でした 笑

・誰かの役に立たなければいけないの?どっちでもいいよね
・思い込んでいた「誰かの役に立つ文章がよく読まれるよ」
 というのは本当?むしろたくさん読まれなきゃいけないのか?
・頑張って書かないと誰かの役に立てないの?頑張るってなに
・そのままで誰かの役には立てるんじゃない?

というわけで、「役にたってもたたなくても良い」を掲げ
ただただ自分の思ったことや感じたこと
調べたものを書くことを始めたいと思います!

タイトルの「記し、記される / または 記されつつ記す」は、
福岡伸一さんが西田哲学について対話した記録の本
「福岡伸一、西田哲学を読む――生命をめぐる思索の旅:動的平衡と絶対矛盾的自己同一」の中で語られている「包む・包まれる」を真似した言葉。

「逆限定」の説明の中で出てきて
時間が経って全然説明できないけど(笑)
直感的に「そうだろうなぁ!」と感じた言葉。

いや、矛盾の中に大切なものってあるよね。
矛盾はダメって誰が言ったの?
この本、すごく興奮したので、興味ある方は是非読んで欲しい!

このことを説明するために、僕は「包む・包まれる」、あるいは「包まれつつ包む」という表現を用います。時間は空間に包まれながら、実は逆に空間を包んでもいる。福岡先生の言う細胞の内部と外部のあいだの膜においても、外部は内部と包みながら、逆に外部は内部の中に包まれている(包まれつつ包む)、というのがすでになされている。

出典:福岡伸一、西田哲学を読む――生命をめぐる思索の旅:動的平衡と絶対矛盾的自己同一

記しているけど、同時に記されているならば、
それは本当に私の求めているものだと思う。
それが、今したいことなのだと、思う。

さて、毎日書けるかな?
楽しみます〜



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