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わたしが過ごした20世紀末の中学校について(教育関係者に読んでほしい)

中学生の時、生徒会を2年間していた。

過去に先輩が実現できなかったものを2つ公約にした。
近隣住民にアンケートを取る必要があるものがあったが、なかなかさせてもらえず、少しだけ先生に詰め寄った。

「佐藤君、それだけの要求に値するだけのことができている生徒はどれくらいいますか」

はっとした。

誰の顔も思い浮かばなかった。

現在、そのうちの1つは叶えられているに見える。

部活の実績が伸びた遠因になるかは分からない。

どの組織でもどのコミュニティでもアナロジーを感じる。

小学生のときも学級委員と児童会をやっていたが、

見える風景は変らない気がする。

それが嫌なんだと思う。

家康が最終回でしたが、
やりたくないことばかりをやってきた、やりたいことなどひとつもなかった、あの鎧を着てからは、
という発言を死ぬ間際でしてました。

口うるさい人は疎ましいので、罵詈雑言がBGMでした。
だから、教育のジレンマという言葉が好きです。

就活生も30人くらいは相談や支援をしてきましたが、この人を助けたら、別の誰かが零れ落ちるという中で、救う必要性はよく考えます。お金はほとんど貰わないので、その人の社会貢献性を評価しています。

そのため、「それだけの要求に値するだけのことができている生徒はどれくらいいますか」という声がよく聞こえます。

疑義がある学生さんの方が多いですが、女性のエンパワーメントをしているの理由の1つはキャリアの中に重要なライフイベントが含まれているからです。

ちなみに、カバー画像の平成12年度の役員とは、生徒会長だった私のことかと思われる。

事実、腕章をみんなでデザインし、校長先生と賞を貰いに行き、埼玉新聞のインタビューに答えました。

まぁ、そういうことです。
化石賞といい、そういう役目を仰せつかることは若者のあるあるなのかと。

ちなみに、ほぼ同時期に隣の中学校の生徒会長は、物議をかもした有名な芸能人になります。

当時の中学校HPより

JRの駅員には何回も文句や嫌な顔をされました。
いま、思い返すと廃掃法の観点で問題があったような気もしますが、気っと気のせいでしょう。

わたしは1年目で会計をやって、2年目で生徒会長をやりましたが、
会計の仕事は結構大変で各部活の予算と決算をワープロでまとめていました。生徒会長になったら、生徒総会の資料作りです。

これはこどもに労働をさせてないか?

毎週火曜日になるとベルマークを各教室から回収してみんなで計算をしますが、ベルマークで何かを買ったよという報告をした覚えもなく、吹奏楽部や英語部から女子生徒を労働力として連れ去ろうとして毎回反発に合いました。

生徒会の仕事をしてから部活に行くと、部活の顧問に怒られて立たされたりしました。理不尽すぎて泣いているところを女子生徒にじろじろと見られていました。

クレームを言ってくる生徒や先生がいました。改善をしようとすると、担当の先生に怒られました。

わたしは児童会などやっていたので、中学校はやらないつもりでした。しかし、掃除の時間に真面目に掃除をしていると、掃除の時間中に先生にずっと頼まれたというよりは、強い口調で言われました。

誇張はしないで書いているつもりで、不幸自慢をしているつもりもないです。いろんな学校の話はこれまで聞いている方だと思います。

わたしは運よく筑波大学付属高校に進学しますが、人間性がしっかりとした人が多く、私が仕切らなくても誰かが勝手にやってくれたりしました。そもそも生徒会経験者も多かったです。

中学受験をする理由の1つを肌で感じましたが、残念ながらいじめはどこの世界にもあるものでした。

割愛しますが、社会で稼いでいる人も珍しくないです。
昔からそうだと思いますが。

逆にステータスが高い方でパーティなどで素行が悪い方もたくさんいらっしゃいました。

良くある話ですが、このタイミングで実体験として記録します。
名前は書きません。


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