大学受験を失敗してよかった

高校は自称進学校みたいな位置づけだった。それなりに楽しくて、その高校の中でも割と上位だった。真面目な生徒だった。

高校で学んだこと、広がった世界、経験はたくさんあって何1つ後悔していないと言い切れる。少し変で面白い高校生活だった。

進学先は一番多いのがMARCH。絵に描いたような自称進学校。

歴史の長い高校だったためMARCHの指定校推薦も多かった。

正直言って指定校が取れる成績ではあった。それでも一般受験で早慶を目指す決断をしたのが高校2年生。

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プロセスなんかはどうでもよくて結果は惨敗だった。

全然合格しなくて、今の女子大に3月入試で滑り込んだ。

当時は自分が落ちたことの悔しさよりも、コミュ力高く器用に生きて指定校を勝ち取ったクラスメイトに学歴で大敗を期したことが悔しかった。

あまりにも不器用な自分は、器用に生きる彼らに一生勝てないのではと思った。

高校という小さな世界でなく、もっと広く、同学年だけでも器用に生きる人は大勢いた。もし学歴だけで見たら、平均以下にもなりうる自分が悔しかった。あの時、指定校を選んでいればって何度も思った。

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今の大学のことは何も知らず、最寄駅すら受験前夜に知ったくらい。

正直浪人も考えたけど、これ以上の不器用を発揮するのは辞めたほうがいいって感じたし、同時に家族へかかるメリットデメリットを考えると自然に浪人の選択肢は消えた気がする。

入学式の心情は何も覚えていない。けど、大学生になっても、SNSでちらつく元クラスメイトたちに嫉妬を感じていた。

徐々に大学生活を過ごしていく中で、大学という括りが小さいと気付いた。小さな大学でも頭のいい子は大勢いて、自分で追い込めば大量の課題が出る環境になった。英字レポートを週に何個も抱えていた時に、ツイッターで元クラスメイト達の課題への嘆きを見た。

ツイッターから覗かせる課題は明らかに私のものより少なく、それなのに愚痴を言っているようだった。

結局、どこにいても本人次第だって実感した瞬間だった。

同時に私は元クラスメイトたちよりも充実した大学生活にしようと決心した。”充実”なんて曖昧な言葉。だけど、この決意は私を色んな場所や経験に連れて行ってくれた。

ちゃんと大学受験を失敗したからこそ、大学生活まで失敗させたくないって強く思った。

今は就職活動で、様々な経験をしたんですねと言っていただける機会が多い。真面目に学んできたんですねと評価していただける。

その原動力は全て受験の失敗だったと思う。

全ては自分次第。

ありきたりな言葉だけど、本当にリアリティのある言葉で、忘れてはいけない言葉。本当に自分次第。受験の結果も、その先の生活も。

大学4年の今になって受験失敗してよかったなって思います。きっとあの時に成功していたら舐めた能動的な大学生になっていたと思う。

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