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スタニスラフ・トルカチェフのボイラールームがヤバイ

知らない人にはこの記事のタイトルの意味が1ミリも分からないと思うけど、できるだけ噛み砕いて良さを伝えようと思うのでおつきあいください。

昨日更新されたYouTubeのボイラールーム(Boiler Room)アカウントに、ライブ配信されたスタニスラフ・トルカチェフ(Stanislav Tolkachev)のライブセットの動画がフルで上がっていて、めちゃくちゃ良かった。これです。

40分くらいの映像です。どんな様子か、全体を飛ばし飛ばし見てもらってもかまいません。わたしは今日2周しました。

最初ちょっとじわじわしたイントロから始まるんだけど、10分くらいにはエンジンかかってきて、そこからひたすらトルカチェフサウンド…。グニャグニャした最高に気味の悪いシンセが16分で刻むアルペジオに脳がウワァーとなる。この回は踊っている客の様子もおかしくて、普段のボイラールームみたいなイエ~イみたいなノリと違って、明らかにキマっているんですよね。

ボイラールームって何なのかというと、平たく言えばクラブミュージックのライブ配信&アーカイブ化プロジェクトです。世界各地で行われる大小さまざまな規模のイベントとタイアップし、優れたDJ・アーティストを紹介するキュレーションメディアとして2010年にイギリスで始まり、現在はYouTubeチャンネル上でも過去の膨大な記録を誰でも気軽に視聴することができる。

ステージ上のアーティストを鑑賞するのと違い、「プレイ中のDJの背後に必ず踊っている観客が映り込む」という見せかたが斬新で、これは今やボイラールームの代名詞といえるスタイルになりました。

誰なのか

スタニスラフ・トルカチェフはウクライナのテクノアーティストで、主に2010年代から頭角を現してきた人物。東欧は歴史的にもテクノが盛んな地域が局地的に点在するようなのだけど、そのなかでもテクノ不毛の地ウクライナの辺境で育ったんだって(重工業や軍事産業が盛んな地域で、父親は戦闘機乗りだったらしい)。

特徴的なのは、聴けばすぐこの人の曲と分かるほどの音の個性。楽曲の構造は極めてシンプルかつミニマルで、歪ませた4つ打ちキックと16ステップで刻むシンセの音だけでできている。アルペジオはほとんどが強烈な不協和音で、はっきり言ってとにかく陰気でドロドロして気持ち悪い。気持ち悪すぎて、繰り返し聴いていると脳の普段使っていないところが刺激されてジンジンしてきて、麻薬的に気持ちよくなっていく。うわあ~~気持ち悪い…でも気持ちいい…みたいな。

刺激の強い映像なのでご注意ください(血や暴力ではない)

あるいはこれ。

あるいはこれ。

どうですか? ピンク色の光が見えてきた?

もう大好きなんですこういうの。延々と聴いていたい。楽曲に込められたメッセージとかないんです全然。ただただテクノの快楽原則に忠実な、それでいて独特の退廃美が反復する電子音の塊となって頭をガーンと殴ってくるみたいなやつ。

めっちゃめちゃシンプルですよね。多くの曲はズンチッ・ズンチッ・ズンチッ・ズンチッという135bpmのキックとハイハットのうえに16分音符で隙間なく並べられたベースともウワモノともつかないシンセが最初から最後まで繰り返しているだけ。

これを聞いて「こんなの誰にでも作れるじゃん」と思った人がいたらそれは半分は正解で、テクノってそういうもので、誰にでも開かれているのだ。音楽の素養が全然なくても誰でも作れる。どんどん作ってみてほしいし、自分が気持ちいいと思って作った音を人前でチョーでかい音で鳴らすことほど最高なことはないので、どんどんやってほしい。

けど半分と言ったのは、ただマネしてもこうはならない。こんなに気持ちよくはならない! それはスタニスラフ・トルカチェフが確固たる美学のうえに同じスタイルの曲を何年も作り続けているからであって、その意味で彼は間違いなく突出したアーティストなのです。

わたしはしばらく前からのファンで、自分のDJのときも使いたいので積極的に買っています。2014年の初来日公演にも行った。そのときの記事がこれ。

トルカチェフ的ロウ・テクノの系譜

こういった音はいわゆるアシッド・テクノの文脈で捉えてもいいんだけど、わたしの印象はそれとはちょっと違って、90年代のテクノ、特にハードミニマルやDownwardsなどバーミンガム系のテクノの退廃的雰囲気を受け継いでいるように思える。

見逃せないのが、トルカチェフの作る曲のほとんどが135bpmで、数年前までのテクノにおいて主流だった120台後半のテンポ感と比べると圧倒的に速いのだ。その意味でもオールドスクール感がある。彼はこのテンポを頑なに守っていて、基本的に遅い曲をやることはない(とはいえテクノのbpmは全体的にロングスパンでの揺り戻しが来ていて、いまはメインストリームでも130台の曲も多くなった)。

あと世界観的に近いなと思うのは、同じ東欧でもスロヴェニアのUmek。それも初期のやつ(00年代後半以降は全然スタイルが変わってしまった)。不協和音シーケンスにハメていく前のめりなトリップ感。

なので、トルカチェフのようなサウンドが急にウクライナの片隅から飛び出してきたわけではないのです。似た音をやっている人は昔からけっこういる。というか、むしろテクノとしてはものすごく基本に忠実な、カワラ割りみたいなことなのだ。ただもうひたすら華はないし地味だし陰気だし、何よりモテない。モテなさそう! でもこういう音を2018年の今でも淡々と作っている人がいて、しかもアートフォームとしてまったくブレがないの、本当に頼もしいと思う。

今回のボイラールーム

それにつけても今回のやつはヤバイのです。実はトルカチェフのボイラールームへの出演は2回目なのだけど、前回がDJセットだったのに対して、今回はライブ。機材はちゃんと確認していないものの、TR-8Sを中心に、仕込んできたウワモノのループをDJ的に抜き差ししているようだ。

BeatportやBandcampに流れてこなかったので知らなかったんだけど、今年5月にはアルゼンチンのKrill Musicから新しいアルバムも出ていた。これも、聴いてみたら完全にいつものやつで素晴らしかった。これだ。

いつものやつ!

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