記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

私のトナカイちゃん/Baby Reindeer (2024)

 ネトフリオリジナルの1シーズン完結ドラマ。結論から言うとめちゃくちゃ面白い。主人公のドニーを演じた俳優の実体験を基にしているだけあって、創作ではない生々しさ、人間臭さが満載のストーリー展開となっている。全7話とコンパクトなのに一本の映画を観た以上の充実感がある。

<ざっくりあらすじ>
舞台はイギリス。コメディアンとして成功することを夢見ながらパブで働いている男性、ドニー。ある日パブを訪れた一人の女性(マーサ)に親切にしたことから、異様なまでに執着されていく。やがてその影響はドニーの周囲の人間へも及び始め…

<感想>

※以下ネタバレ含みます※

 ストーキングする加害者は中年女性、被害者は男性という構図は映画ミザリーを彷彿とさせる。ストーカーもののあるある展開としては「警察に相談するけど実害がないと何もできないと言われる→加害者の言動がエスカレートしていく→ついに被害者やその家族に命の危険が迫る」というのが鉄板だろう。確かにマーサは序盤から一貫して明らかにヤバい人として描かれている。平然と嘘をつき、毎日毎日毎日毎日ドニーの職場にやってきてはしつこく性的関係を迫ってくる。

 しかし本作はテンプレ通りには進まない。いつしか「被害者であるドニー自身が抱える問題」に焦点がすり替わっていくのが大きな特徴なのだ。

 実はドニーは男性にレイプされた経験があり、それからというもの性的嗜好が揺らぎ始め、自己肯定感も著しく低下している。コメディアンの仕事もなかなか軌道に乗らない。そんな中で出会ったのがマーサだ。自分に対する過剰なまでの賞賛は心地よく、自分だけに注目してくれる彼女の存在が特別なものになっていってしまう。最初は何の非もないストーカー被害者として描かれているが、実際は彼もマーサと同じくらい、もしかするとそれ以上に傷ついた経験があり、言わば共鳴するように出会ったとすら思えてくるのである。

 看護師経験を踏まえての話だが、こういった共依存的関係は往々にして存在する。患者に自立してほしいはずが、どこかで看病をする自分に陶酔したり自尊心を満たしている家族もいるにはいる(無意識だとしても)。こういった関係は強固に結びついているので、解決するのはとても大変だ。

 途中、ドニーと恋仲になるトランスジェンダーのテリーという女性が出てくるのだが、結局は破局してしまう。テリーはドニーに対し、

” I think it fits you perfectly having her in your life.”
あなたに彼女(マーサ)はお似合いよ。 

” She is the embodiment of all your nasty repressions, bottled up into one human being."
彼女はあなたの抑圧を体現した化身なの。

というセリフを言う。
これは実にドニーの問題の核心をついている。

 そしてエピソード6で描かれるドニーの長い独白のシーン。トークショーに来た観客の前で涙ながらに今までの自分の経験や葛藤を曝け出す。その内容は実に赤裸々で、まさに全て剥き出しの内容は静かに胸を打つ。

 このまま心機一転ハッピーエンドかと思いきや、ドニーがまだマーサやレイプしてきた男性との関係を断ち切れずにいる様子が描かれる。マーサが自分を褒めている内容の留守電を繰り返し聞くドニー。最終話で始めて「トナカイ」の意味が明かされ、マーサにも辛い過去があったことが示唆される。

 ドニーの優柔不断さや変わろうとしても変われない辺りが非常にリアルで、ご都合主義で無理やりハッピーエンドにもっていく創作物とは違う。実際の人間の心理がいかに複雑なのかを描いていて私は良いと思う。賛否両論ある作品だとは思うが、気になった方は是非ご鑑賞ください。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?