カリアナ音楽概説
カリアナという国について知っているだろうか。多くの方にとっては学生時代に地図帳の隅で見た気がする、程度が正直なところだろう。
ミクロネシアに浮かぶ沖縄本島半分ほどの大きさのサリ島。カリアナはこの島に位置する人口5万人程度の小国だ。
古くはイタリアの植民地として栄え、現在もイタリア語が一般的に使われる。また旧カリアナ王国の言葉・カリアナ語も2008年に公用語として認められ、そのニュースを覚えている方もいるかもしれない。
そして音楽ファンではない方は全く知らないだろうが、実はカリアナの音楽はボサノヴァ、ハワイアンと並んでコアな音楽ファンには非常によく知られた存在なのだ。
例えば筆者のフォロワーである音楽通たちに取ったアンケートを見てほしい。
カリアナ音楽は一般的に知られていないのにも関わらず、音楽好きに愛好家も少なくないのは何故なのか。
今回はカリアナ音楽の魅力について、日本カリアナ音楽会の方をお呼びして迫っていきたい。
ー日本カリアナ音楽会について教えてください。
会長:カリアナ音楽をより身近に感じてもらうための活動を主に都内で行っています。例えば年に2回やっている演奏会なんかですね。
副会長:他にもインターネット上での配信等を通じてカリアナ音楽の音源化にも取り組んでいます。またメンバーもカリアナ音楽に影響を受けた音楽を制作しています。
ーお二人は何故カリアナの音楽をされているんですか?
会長:色々音楽を聴いてきたんです。ロックやジャズは勿論、南米やイスラエルの民謡、知らない小学校の合唱CDにも手を出しました。でも「凄い!」と心の中から言える音楽ってその中の一握りに限られていて。
そこで奇跡的にカリアナ音楽のレコードに巡り合ったんです。驚きましたよ、一曲残らず全て衝撃的だったんですから。ジョン・レノンや坂本龍一に通じる凄さです。
副会長:私はDJなんですが、カリアナ音楽縛りのDJをやろうと思っていまして。ただレコードがあまり残ってないので音源を見つけるのに難儀するんですよ。会長が見つけたレコードは本当に奇跡です。じゃあ無いなら自分で演奏して音源を作ればいいじゃないかと(笑)そういう理由でカリアナ音楽を演奏してます。
ーカリアナ音楽の魅力ってなんでしょう?
会長:なにものにも縛られない点!ロックよりずっとロックです。
副会長:リヴァプールやデトロイトなど色々音楽で有名な土地がありますが、カリアナはそれらを軽く凌駕するほどの音楽の産地なんですね。これについては実際に聴いていただくのが早いです。百聞は一見に如かずですから。
この記事で初めてカリアナ音楽に触れる人も少なくないはずだ。
そこで今回は彼らにカリアナの歴史について解説してもらいながら、実際にカリアナ音楽の演奏をしていただいた。
カリアナの伝統曲
会長:カリアナには少なくとも3世紀くらいから人が暮らしていました。その後7世紀ごろカリアナ王国が成立したと言われています。
彼らは政治的な決定は全て祭祀で決めました。その祭祀のための伝統音楽が多数存在しており、これが祭典曲(伊:musica rituale)と言われるものです。祭典曲がカリアナ音楽の基礎といえるでしょう。
副会長:古来からカリアナには日本の「八百万の神」と似たような信仰があります。すべての事物に精霊が宿っていると考えるんですね。そしてその精霊たち一つ一つに祭典曲があったんです。
ーということは、全ての物事に対応する音楽があった、ということですか。
副会長:その通りです。無数にある祭典曲の中でも特に有名なのは「福の神の祈り」ですね。美しいメロディが愛された名曲です。
そんな先史カリアナの名曲「福の神の祈り」を演奏してもらった。
♪「福の神の祈り」
チャリーン
パチリ…パチリ…
・・・・・・・・・・・・・・・。
会長:以上です。
会長:お金の音がメロディを担当してます。お金を落とす音は人間が最もよく聞き取れる音の一つと言われます。これほどまでに人間にとってキャッチーな音はありません。主旋律として用いられるのも当然と言えましょう。
副会長:そしてそろばんです。そろばんの後押しなくてはお金の音は輝きません。落としていったお金をそろばんに記録していきます。このぱちり、という音が何とも味わい深い。煌びやかなお金の音をたしなめるような渋みがあります。
会長:また思想的な意味も感じますよね。不安定な自然をいかにして人間が取り扱うか、その葛藤が表現されていると思いませんか。
ー......えっと、思っていたのとあまりに違ったもので。これは音楽なんですか?
会長:当り前じゃないですか。カリアナに失礼ですよ。
ーすみません……
副会長:これはまだまだ序の口です。他にもこんな祭典曲があります。
「貧乏ゆすりへの畏怖」
「ドアノブの苦悩」
「コンビニで3円するレジ袋の苦しみ」
「21度に設定した冷房の覚醒め」
副会長:これらもまだ祭典曲の一端でしかありません。今回やれなかったものだと僕は「建物爆破の歓び」が好きです。ちなみに、これを演奏した際ロブ神殿が崩壊したそうです。
会長:これらの祭典曲が「大変寛容な音楽」というカリアナ音楽の基本要素を形作ることになったのです。
ー世界って広いんですね…...
植民地化によるカリアナンジャズの発展
20世紀、カリアナに大きな変化が起きる。イタリアによる植民地化である。
会長:カリアナ王国は祭祀による平和な統治をしていたのですが、1895年にイタリア政府の介入で傀儡国家と化しました。詳しい歴史は「ヨーロッパ 繁栄の19世紀史」が参考になるかと思います。
会長:カリアナは属国という形で独立国家の位置は保てはしたものの、植民地になってしまいます。その影響でイタリア人が移り住んできたんです。その際、パーティーで演奏するため多くの音楽家もイタリアからやってきたんですね。
副会長:現在でもイタリアは有数のジャズ大国として知られていますが、ここでイタリアンジャズと伝統カリアナ音楽の奇跡的な融合が生じたんです。旧日本軍による占領を経た戦後、カリアナンジャズは一つの形式として成立することになります。
カリアナ王室の末裔でありカリアナンジャズを成立させた巨匠、メドロ・スーサの遺した名曲"Grano"を演奏してもらった。
♪"Grano"
ぽえ~ぽえ~ぽえ~
ジャン!!……..ピン、ジャン…….ポン!
スパゲッティーニ!!!マッカローニ!!!
ぽえ~…はふええ!!!はふええふえー!!!…ぽえ~
(以下略)
ーこれまた捉えどころないというか......自分にはよくわからない曲ですね。
会長:カリアナ音楽は大体こんな感じです。真の芸術とはなかなか普通の人には理解できないものですよ。
副会長:カリアナの音楽を沢山聴いているうちに分かるようになります。ボーカルの持っているそろばんは「福の神の祈り」から来ているとか。
ーそんなもんですか。
会長:注目すべきは歌でしょう。イタリア文化の強い影響下にあることがよく分かる歌詞ですね。
ーパスタの種類を連呼していますね。
副会長:イタリア人にとっては、パスタの種類とは味付けではなく太さなんですね。
ートランぺッターが途中で何か言っているような気がしましたが。
副会長:そうですね。聞き取りづらいですが日本語で「助けてくれえ」と叫んでいます。
会長:なんでもスーサのバンドのトランぺッターは旧日本軍の捕虜だったらしくて。日本に帰りたがった為演奏中何度も「助けてくれ」とか「やめてくれ、気が狂う」とか叫んでいたらしいですね。今でも演奏に取り入れています。いかに悲痛に叫ぶかがポイントです。
会長:またジャズ理論的には上のようなコード進行が繰り返されています。
ードミソ、シファソ。小学校の音楽の時間で習う単純な和音ですが.…..
副会長:これ以上簡単なコード進行はありません。音楽を極限まで極めたと称されることもあります。龍安寺の石庭のような、最低限の事象で構成された美を感じることができますね。
会長:カリアナ音楽は特に日本人に人気があるのですが、それは精霊信仰や禅に通じる音楽的思想によるものなのかもしれません。
ー段々と魅力が分かってきた気がします。
ロックの台頭;カリアナンロックの成立
1960年代後半に入るとカリアナでロック・ブームが巻き起こる。
会長:この時代普通の国だとビートルズ旋風が巻き起こるんですが、カリアナではビートルズが全然流行らなかったんですよね。
ービートルズじゃなかったら、流行ったのは一体誰だったんですか。ボブ・ディランとか、ローリング・ストーンズとか?
副会長:いいえ。シャッグスです。父親に無理やり音楽やらされた音楽未経験三姉妹によるバンドです。代表曲はこちらのMy Pal Foot Footですね。
ーなんだかカリアナで彼女らが流行った理由が分かる気がします。
会長:シャッグスは前衛ミュージシャンのフランク・ザッパが再評価して見つかったと言われていますが、彼はカリアナ旅行中に彼らのレコードを見つけたそうです。
副会長:カリアナの若者たちはシャッグスに衝撃を受け、多くのバンドが生まれました。それらのバンドたちは音楽的実験を繰り返し、カリアナンロックが成立したのです!
カリアナン・ロックを定義づけたと言われる名曲・Technical Bombの"Radio Station"を演奏してもらった。
♪"Radio Station"
じゃんじゃんじゃん♪
じゃんじゃんじゃん♪
じゃんずじゃんず♪
じゃんずじゃんず♪
じゃんずじゃんず♪
はーい!お次は~?
じゃん♪
埼玉県春日部市在住、
じゃず♪
エヌさんからのお便り!
じゃんず♪
えーお悩み相談ですね。
じゃかじゃか
最近、息子の近視が
じゃんず♪
酷くなっていて困っています。
じゃん♪
原因かと思い、ゲームをやめさせたのですが
じゃん♪
一向に良くなりません。
じゃか♪
何か視力改善の良いアイディアは
じゃん♪
ありますでしょうか、ということでした…
じゃず♪
じゃんじゃずじゃんじゃず♪
ー突然ラジオ番組?が入った気がしたのですが。
会長:そこが画期的な点です。ボーカルをラジオにせよという指定があるのです。ボーカル不在でもバンドが成立するようにしたんですね。ただ権利上そのままラジオを流すのは良くないですから、我々が演奏する時は僕が独りでやっている「日本カリアナ音楽会のお悩みラジオ」を流してます。
副会長:この手法はボーカル担当が歌いたくなかったためラジオを流したのが発端らしいです。4分33秒で有名なジョン・ケージの曲から着想を得たとも言われます。国外の最新の潮流を捉えたんですね。
ーサボっているのに大変意欲的なんですね。
副会長:チューニングにも注目です。メタルで使われるドロップチューニングをはじめとして特殊なチューニング方法は音楽を発展させるものです。カリアナ音楽でも例外ではなく、カリアナン・チューニングを行うことによって特に弦を押さえずともシャッグスのごとき音色を出せることを発見しました。
会長:さらに、下のようなカリアナン・コードを駆使することで更なる効果を得ることができるのです!
ー偉大なる発明なんですね。
会長:この曲の影響は非常に大きいもので、以降のカリアナン・ロックはカリアナン・チューニング、カリアナン・コードが基本です。また国外への影響もあり、90年代のロックミュージシャンとして有名なカート・コバーンはフェイバリット・ソングにRadio Stationを選んでいます。
副会長:ドラムセットは高額でカリアナの庶民には手が届かなかったため、ドラム代わりに家にあるタッパーを叩いていました。これが俗に言う「カリアナンドラム」です。それでもシャッグスの雰囲気を再現、独自の色を出しているのが素晴らしいところですね。
ーこの創意工夫はすばらしいと思いました。
会長:お、分かってきたじゃないですか。
カリアナ音楽の現在
このような豊かな音楽史を持つにも関わらず、現在カリアナ音楽はコアなファン以外からは見向きもされないという。
会長:70年代からカリアナでは英米からの音楽の流入が相次ぎました。80年代以降は殆ど英米のヒット音楽やそれに似せた曲のみが聴かれている状況になっています。
昨今は今回紹介したようなカリアナ音楽を演奏していると「よそでやれ」「せめてまともに演奏する気を見せろ」と文句を付けられ、騒音問題で訴訟に発展したケースも少なくないようです。
ー訴訟にまでですか。
副会長:裁判は全て演奏者側の敗訴だったと聞いています。ちなみにカリアナ音楽のレコードが極端に少ないのは「雑音しか入ってない不良品」「思ってたんと違う」「恐怖の殺人レコード」などの理由で破棄されたためとも言われています。
ー現在のカリアナ音楽はどうなっているのですか。
会長:1989年に「騒音防止法」が定められ、公の場で演奏することは不可能になりました。その自由度と裏腹にカリアナ音楽は公的権力に抑圧されているのです。
副会長:カリアナにはもうほとんど奏者はおらず、海外にもいないらしいです。迷惑防止条例に引っかかるとか採算が取れないとかで。カリアナ音楽を演奏しているのは世界で我々だけじゃないですかね。
ーお二人は大丈夫なんですか?
会長:通行人に石を投げられてからは路上ライブは止めましたから。出禁になってないライブハウスも幾つかありますからまだ大丈夫です。
副会長:採算は度外視でやってます。
日本カリアナ音楽会は旧き良きカリアナ音楽を次世代に受け継ごうと、遠く離れたここ日本で活動している。
最後にカリアナの国歌を演奏していただいた。
♪カリアナ旧国歌「傘の楽しさ」
バサッ!
・・・・・・・・・・・・・・・。
会長:以上です。
※歌じゃないと批判が相次いだため、現在は変更されている。
今回演奏していただいた日本カリアナ音楽会によるアルバム「カリアナ音楽・第一集」を下記リンクからご試聴・ダウンロードいただけます。当記事で演奏動画を掲載できなかったものも含まれておりますので是非ご利用ください。会長からのコメントもいただいております。
また、日本カリアナ音楽会会長監修によるSpotifyプレイリスト「海を渡ったカリアナ音楽」を下記リンクからご利用いただけます。ビートルズ、坂本龍一などの名音楽家からカリアナ音楽を感じさせる名曲たちがまとめられています。是非お聴きください。
取材/文字起こし/記事構成:EPOCALC
取材協力:日本カリアナ音楽会、nOuO(動画編集)、沼田(撮影)
※権利の都合上、日本カリアナ音楽会の方の許可の元公開時点より一部改稿しております。何卒ご了承ください。
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