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【719回】おまえがこのまま大人になればそれでいい(伊坂幸太郎「逆ソクラテス」その3)

伊坂幸太郎「逆ソクラテス」、2023年夏文庫化。所収作品は5つ。
「逆ソクラテス」「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」
5つの作品ごとに気に入った言葉を紹介する。
その3は、「スロウではない」の続きから。

◯「スロウではない」で気に入った言葉②

「どうすれば、わたし、そういう大人になれるんですか」
「どうもしなくて大丈夫だ。おまえがこのまま大人になればそれでいい」

伊坂幸太郎「逆ソクラテス」スロウではない(p101)

学校で、子どもが教師に問いかける場面。
教師の答えは、「おまえがこのまま大人になればそれでいい」


学校とは、子どもに変容を求める場所。ところが、変容を「〜したい、だからする」ととるか「〜しなければならない、だからさせられる」ととるか。これによって、子どもにとっても学校の意味付けが変わる。そして最も身近にいる大人である、教師への関わり方も変わる。

「スロウではない」の中では、「〜したい、だからする」のに「どうしたらいいかわからない」子どもの姿が描かれる。
何か、変わりたい憧れる大人の姿がある。どうしたらそういう大人になれるのだろう。

教師として、どう答えるか…。

「お前はそのままでいい」
これは、勇気がいる言葉だ。

「やっほー先生がそのままでいいって言ってくれたんだー」と言われそう。
そういや前に、こんなことを言っていた子どもに出会ったな。

「先生が決めてくれたら、先生のせいにできるからね。自分のせいじゃないです、ってね」

「どうすれば、わたし、そういう大人になれるんですか」
「お前はどうしたいと思ってるんだ」
と、返すのは、堂々巡りな気もするし、ここはしっかりと教師として自分の考えを述べる場面だろう。

ところが、僕自身、ちょっと憧れる。
「お前はそのままでいい」って言ってみたいところがある。
「大人になるために、お前は変わらなければいけない」なんて言うのは、何か、嫌なのだなあ。

今のままでいい。ただ、困っていること、変わりたいことがあるのなら、一緒に考えよう。そして何より、大人になって楽しそうに生きている自分を想像しよう。嘘でもなんでもいいから。

そうやって励ましたいかな。

教師をはじめ、まわりの大人は笑顔で生きているのだろうか…疲れ切ってないか、文句ばかり言っていないか…嘘をついていないか…
そんな悲しい虚しい思いを頭の中に巡らせながら。

「いくら今つらくても、未来で笑っている自分がいるなら、心強いだろうな、と思いました」

伊坂幸太郎「逆ソクラテス」スロウではない(p102)

という一種のハッタリ、自己暗示のような言葉を、僕の頭に残す。
ところで、ピエロっているじゃないですか。赤い鼻をつけた。

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この鼻をつけて、学校の廊下をくるくるまわっているような人。
50代、60代が見えてくる自分にとって。
僕は笑顔でおどけて生きている高齢者でありたい。

だから、
「どうすれば、わたし、そういう大人になれるんですか」
というのも、

「いくら今つらくても、未来で笑っている自分がいるなら、心強いだろうな、と思いました」
というのも、

子どもだけではなく、大人にも関係する言葉ではないか。
大人を高齢者に変えてもいいし、何でも憧れる職業でもいい。
そのままでいい、というのは、そのまま在り続けたらいい、生き続けたらいいという応援の言葉。
そして、笑っている自分を想像できたら、それは確かに、嬉しい。

鬱が強いときは、生きていられない、存在が許せないという絶望ばかりなんだけれどな。笑顔の自分なんて、気持ち悪くて、想像できなかった。
回復してきているからこそ、笑顔の自分を許せるようになった。