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【717回】僕はそうは思わない(伊坂幸太郎「逆ソクラテス」その1)

伊坂幸太郎「逆ソクラテス」、2023年夏文庫化。所収作品は5つ。
「逆ソクラテス」「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」

5つの作品から、気に入った言葉と感想を書く。記事は「その5」まで続く。まずはその1、表題作「逆ソクラテス」から。


◯「逆ソクラテス」で気に入った言葉

「『僕はそうは思わない』」

伊坂幸太郎「逆ソクラテス」逆ソクラテス(p25)

例えば、教室。例えば、職員室。例えば、まわりで噂話をしている。
「あいつの仕事はどうやってもだめだ」「あの人、いいところないよね」
僕は、モヤッとする。「いや、実はあの人が、いつも教室をきれいにしてくれているんだよ」「シュレッダーのゴミの片づけをいつもやっているのを見かけるよ」などあの人のいいところを見かけていた僕は、「そうは思わない」と言いたくなる。
ところが、「僕はそうは思わない」と言うには勇気がいる。「言ったら、僕もまわりから否定されるのかな」「僕がおかしいのだろうか」と自問自答が始まる。

けれど、救いの言葉は続く。

「だからさ、次、同じようなことがあったら、消しゴムで消しながら、絶対に言うべきだよ。『僕は、下手な絵だとは思わない』って。もし口に出せなくても、心では、そう念じたほうがいい」
「心で思うだけでも?」
「それが大事だよ。絶対に受け入れたら駄目だ」

伊坂幸太郎「逆ソクラテス」逆ソクラテス(p40)

「心で思う」そして「絶対に受け入れたら駄目だ」
この2つ。
僕は、あの人のいいところを知っている。あの人と僕は関わり続ける。心で思う。まわりの噂は噂であり、受け入れない。同意もしない。ただ、あの人に声をかける。だって、「僕はあの人がこの職員室に不要だとは思えないから」

誰かを不要と思う職員室であるなら、どこかで僕自身が不要とされてしまう職員室も存在するだろう。きれいごとだろうなあ。

きれいごとでもいいさ。
怒りで向かうのではない。キレたら自分の立場が危うくなるだけ。ただつぶやこう。
「『僕はそうは思わない』」そして、そのように捉える言葉は、決しておかしくない。

イスラエルのガザ侵攻が正しい。僕はそうは思わない。
政府がイスラエルに停戦の要求を出さないのは正しい。僕はそうは思わない。
万博開催のように、国民の犠牲を伴う税金の使い方は正しい。僕はそうは思わない。

僕はそう思わない。
僕はそう思うという場合もある。それは、自分が考えて、自分の意志で、もしくは、なにか神様のような大きな意志のもとで、行動を決めたいものだ。