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【書評】宮崎雅人(2021)『地域衰退』:地域を救う「小規模」の話

最近、埼玉大学大学院准教授の宮崎雅人さんの『地域衰退』という書籍を読んで、共感するところとうなづけるところのオンパレードだったので、簡単にブックレビュー。読みやすいけど浅くない文章を書ける方なんだろうな、割とすぐ読めます。地域活性化とかに興味のある方にはオススメ。

この新書は全部で5章でできていて、定量的に地域衰退の現状を示した上で、具体的な衰退地域のモデルとしていくつかの事例(須坂、王滝村、南牧村、旧産炭地)を紹介し、製造業・リゾート業・建設業の衰退を示した。これら衰退業種に成り代わったのが事業所サービスだが、都市圏に集中してしまった。一方で、これらに代わる仕事のない地域は、個人消費と社会保障によって賄われる、医療や介護といった公共サービス業だけしか残らないと現状を分析する。ここまでの話はデータと実際の都市に基づいた話で、とても面白い。地域に入って仕事をした人であれば、この現状について大なり小なり頷けるところが多いはずだ。俺の関わった都市で言えば、夕張についても言及されている。そういえば、夕張については俺はnoteで過去にいくつか記事を書いているので、良かったら読んでください。

さて、この後がさらに面白い。こういった衰退する地域に対して、国は「規模の経済」による大規模化を農業、林業、あるいは自治体において進め、生産性の向上を図ったが、実は生産性は上がらず、地域衰退には対抗できないと主張する。むしろこれからのキーワードは「小規模」であるとして、小水力発電や、IT投資による事業所サービスの「地産地消」の実現を提案している。

これは本当に共感するところ。俺が小規模地域芸術祭に賭けているのもまさにここ。実際、今年のMMMでは「移出型サービス」を開始し、少しでも地域外から収入を得ようとしている。さらに情報環境の整備を継続的に行い、リモートワークでの運営体制の強化も推し進めている。

宮崎さんが触れていないが、「小規模」の良さを一つあげると、コミュニケーションコストの小ささがあると思う。一癖ある人が多いアート系の仕事に従事しているからかもしれないが、「この人とあの人は一緒に仕事はさせないほうが良い」というものはとても多い。あるいは「大規模化することで、文章コミュニケーションやフォーマルなコミュニケーションができず生産性が落ちる人」もいる(俺もその傾向がある)。なので「規模の経済」によって生産性が上がる、というのは理論としては受け入れるが、「大規模」にすることは首肯できなかったケースが多かったこともあり、本書によってストンと腑に落ちるものがあった。

一方で、「成長戦略会議」のメンバー、デービッド・アトキンソンは中小企業の大規模化を主張しているが、彼の著書を読んでいてどうしても納得できないところがあったのを思い出した。俺は中小企業診断士の勉強中の身で、専門とは言えないので興味がある人はぜひ『地域衰退』と読み比べて欲しい。

アトキンソンは日本の中小企業は生産性が低く、事業拡大意欲が薄く(これは中小企業白書にデータとして上がっている事実)、再編が必要である、と主張した。すなわち、生産性の低い中小企業は合併することで、合理化され、生産性があがり、賃金も増す、と。

ただ、地域を見ているとそう上手くいくは思えないんだよな。中小企業の経営者の平均年齢は60歳を上回っている。労働者も高齢化が進んでいるはず。

彼らがこれからももっと頑張れるだろうか。彼らに「自分の会社をより大きい会社に吸収させて、新しいツールを使って、都心で一生懸命働いて、たくさん稼げ」と言っても「新しいことは覚えられないよ」とか「いいや、会社やめてあとはのんびり暮らすわ」と言いそうな人が少なくないんだよな。

一方で若いけれど地方の中小企業で働く人には合理性だけで割り切れない人も多いと思う。そもそも合理的な判断をするなら、とっくに都心に移っているはずで、稼げなくても地域に留まる人は愛着や、しがらみなど非合理的な理由で留まっていることが多い。例えば「俺はこの街を元気にしたくてやっているんだ」とか「江戸時代から続いたこの会社を潰すわけにはいかない」と声を聞いたことがある。拠点の移動や、吸収合併をしたら彼らのモチベーションは続かないのではないか。中小企業を再編した結果として、地域で仕事をする人がいなくなり、結果として消滅する地域が生まれるかもしれない。地域の集約と消滅まで含めて「効率化」というなら一理あるが、賛同はできない。

少なくとも芸術祭に関しては、地域を離れて他の芸術祭に吸収させ、大規模化するのであれば、その土地の魅力や歴史を新しい方法で表現する「メディア」としての芸術の機能は失われる。芸術のサイトスペシフィックな特性のうち「持ち運び可能」な要素は少ない。そのコミュニティ特有のロジックを熟知する地域住民がいるからこそ、実現する芸術作品も多い。「国際的に通用する芸術作品を多く生み出すこと」が芸術における生産性と考えると、別のやり方が良いのかもしれないが、宮崎さんが見えている「小規模の可能性」に俺は、地域芸術祭の分野で光を見出しているのだと思う。

そんなことを感じさせる読書でした。

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