【創作童話】ボレアスのお客様

 吹雪が一日中吹きつけて止むことのない北の峰の雪の吹き溜まりのとても分厚く積もったところに、白い子グマのボレアスが住んでいます。雪に穴を掘って丸い扉を取り付け、中に快適な家を作って一人で暮らしています。
 家の中はボレアスの好きなものでいっぱい。壁には赤いタペストリー、木の本棚には分厚い児童書のコレクション。また、愛らしくて幻想的な絵本の数々…自慢の百科事典。
暖炉、揺り椅子、ふわふわの膝掛け、素敵な燭台、ハーブの香りの蝋燭。キラキラと輝くガラスの置物。
 美味しいスープを作る鍋と、それを入れる温かな木の食器類。テーブルの上にもみの木の葉を小さな花瓶に飾ってあります。
 絨毯も、もちろんソファもふわふわ。好きなところでゴロゴロできる理想的な住まいです。
 あの恐ろしい吹雪に閉ざされた峰にこんな楽園があるなんて、決して誰も思いもしないでしょう。万が一にもここへ迷い込む人がいたら、極寒で朦朧として見た夢だと思うに違いないほど、暖かくて快適な家です。
 しかし、この素敵な家に住んでいる白い子グマのボレアスは、だからといって、いつもニコニコしているわけではありませんでした。
 扉を少しだけ開けて隙間から外をチラッと見てみると、激しい雪の嵐、空はいつでも真っ暗に感じるほどです。あたりも全てが真っ白。誰も遊びに来ない、たった一人の孤独な住まい。
 どんな素敵な家でも、誰かを招待しなければ、やっぱり寂しいのです。
 はぁ…とため息をついて、ボレアスは快適な部屋に引き返しました。

 ボレアスにはたくさんの長所があります。
 こんなところで一人でこんな部屋を作り上げたくらいですから、ものづくりが得意で根気があります。絨毯やタペストリーは貰い物です。本は街で買いました。こういう良いものを集めるセンスがあり、とても計画的です。
 そして彼は美しいものが大好きで、自分のお気に入りの小物や小さな植物の葉を見つめて、いつもうっとりと目を輝かせています。とても優しい心を持っていて、どんなものも大切に扱い、誰にでも親切です。
 さらに彼は文学を愛し、詩を作るのを趣味としていました。穏やかで優しい、心温まる詩を作るのでした。
 この素晴らしい才能を持つ子グマがなぜここに一人で住んでいるかというと、それは、彼が本当はただのクマではないからです。彼は明け方の太陽と夜の星の間に生まれた北風の精霊でした。だからこんなところで一人で暮らしていられるのです。
 ああ、でもこれだけでは説明が十分ではありません。北風の精霊なのですから、どこへでも行けるはずなのに、なぜここにひとりぼっち寂しくしているのかというと、恥ずかしがり屋さんで、冒険は苦手で、お家の中が大好きだからです。本を読んで温かいところにいるのが、何よりも好きだったからです。なので、他のクマたちと一緒に冒険していろんなところに行ったりせずにここに住んでいます。
 けれど、激しい吹雪に閉ざされる長い冬の間、彼はとても寂しくなります。どんな誰でもそうかもしれませんが、やっぱり本当に寂しくなります。

 ボレアスはため息と共にクマのぬいぐるみを抱きしめました。これはある友人からもらったものです。ふわふわで可愛らしく、色は茶色ですが、顔はボレアスに似ています。このクマにボレアスは北斗七星の星からドゥーべと名付けてお友達になりました。それと、他のお友達からもらった白いウサギのぬいぐるみにもミザールという名前をつけて友達になりました。
 この二人のぬいぐるみは、寂しいボレアスの大切な友人です。ドゥーべは穏やかで優しい食いしん坊。ミザールは明るくてアイディアに溢れています。
「はぁ…退屈で、寂しいなぁ…」
ボレアスが言うと、ドゥーべは言いました。
「そうかな?僕は退屈じゃないよ、今日も美味しいシチューが食べられたもの」
ミザールは、
「退屈なら本を読んでよボレアス!百科事典をパッとめくったページを読むの。そこで美味しい野菜のページが出たら当たりよ!」
と、陽気に言いました。
ふーむ…、と、ボレアスは気乗りせずに、床をコロコロ転がりました。友人たちも同じように転がり、笑いました。
「誰か遊びに来てくれたらいいのに…」
「そうだね、そうしたらジャガイモのたっぷり入ったシチューを食べさせてあげようねえ。僕の分のパンを分けてもいい」
「でも遊びに来てくれる人にはたくさんお土産を持ってきて欲しいわ。そしてボレアスはお礼に素敵な詩を贈るの」
「うん…そうならいいなぁ…」
 ボレアスは目を閉じました。昔、流氷の海の上をシロクマたちとみんなで旅していた時のこと…この家のように快適じゃなかったけど、あの時見た黒い海や白い空も素敵だった…。みんな元気かな?
 はぁ…と、ボレアスが再びため息をつきます。ボレアスは快適すぎる家の中に閉じこもっていたために知りませんでしたが、彼がため息をつくと特別冷たい風が吹き、山の下の下、ずっと裾野のさらに下の平野までも北風が吹き下ろし、みんな寒さに震えていたのです。でも風の精霊は風を吹かせることが仕事ですから、ボレアスは悪いことをしているわけではありません。
 そのとき、ほんの小さなコンコンというノックの音がしました。
 ボレアスの耳がピクッと動きました。でも、気のせいかも、と思いながら、じっと耳を澄ませました。すると、もう一度小さなコンコンが聞こえました。ボレアスは飛び上がって、誰かな!?と、扉に急ぎました。
 ドアを慎重に開けると、激しい風と共に小さなオコジョがボレアスの足元に素早く入り込みました。
「ああ、すみません、本当に、あまりに吹雪が強くて道に迷って、どうか少し休ませてください!」
と、オコジョは慌てて言いました。
「ああ、ええと、はい、どうぞどうぞ、どうぞ休んでいってください!」
ボレアスは慌てて言いました。そして暖炉のある暖かい部屋に案内して、ボレアスは嬉しくてドキドキしました。
「お客さんが来るの、久しぶりで…どうぞ、好きなところでくつろいでください」
「わぁ、素敵なお宅ですね!もしかしてあなたはこの雪山の王様ですか?」
「王様なんかじゃないですよ、僕は何にも持ってないです」
「こんなに素敵なものに囲まれてるのに? ああ、暖かい。こんなすごいお家は見たことがありません…あなたはそう言うけどきっと王様なんでしょう…」
オコジョは絨毯の上で早速くつろいで、体を温め、幸せそうに微笑みました。
「雪山で迷って、なんて不運なんだろうと思ったけど、こんな場所にたどりつくなんて、僕はなんて幸運なんだろう…ずっと忘れないぞ…」
そう独り言を言いました。
「大変でしたね…あの、よかったら…シチューを食べますか?それとも木の実がお好きですか?」
「この上食べ物まで?ありがとうございます、私は木の実よりも肉が好きですので、シチューを食べたいです」
 そのリクエストに応えて、ボレアスは鶏肉の入ったクリームシチューを温めて、小さめの器に入れて渡しました。オコジョはとても喜んで一気に食べて、また絨毯に寝そべりました。
「本当にありがとうございます、王様。私は一生このことを忘れません。宝石と本と織物に飾られた暖かいこの部屋で、世界一美味しい料理を食べさせていただきました。きっと帰って私は仲間たちにこの話をします。素晴らしすぎて信じてもらえないとしても、何度でも自慢します」
「そんな、そんな…」
ボレアスは照れて頭をかきました。
「僕はここで一人で…ううん、ぬいぐるみのお友達が、二人もいるけど、ちょっと寂しく暮らしいてるんですよ」
 本当はうんと寂しいと言いたいけど、見栄を張って、ボレアスはちょっとと言いました。それに一人でと言ったらぬいぐるみ達が気を悪くするので、ちゃんと付け加えました。
「あの、だから、オコジョさん。もしもよかったら、また遊びに来てください。お友達も一緒に、来てください。今日はゆっくりしていってください。吹雪が止むまでいくらでもいてください」
 オコジョは感動して目を潤ませました。
「今の私には王様に差し上げられるものは何もありません、だから、この感謝を伝えるために、きっと私は仲間たちと一緒に贈り物を持ってまた参ります」
 そうして、ボレアスはオコジョと一緒に楽しい一晩を過ごしました。大切な友達のドゥーべとミザールを紹介して、一緒に遊びました。それから絵の美しい本を見せたり、綺麗な音のする弦楽器を鳴らして楽しみました(ボレアスも上手く弾けません)。恥ずかしがり屋のボレアスは最後に自分の作った詩を少しだけ紹介しました。オコジョはそれを聴いて、そのやさしい余韻に浸りながら幸せそうに眠りました。

 朝になってドアを開けると、外は晴れていました。吹雪が止み、遠くまで見渡すことができます。とはいえここは北国で季節は冬なので、空は明るくはありませんでしたが、ここに住んでいる彼らにとっては十分です。
 オコジョは喜んで、吹雪の止んでいる間にすぐに帰ることにしましたが、ボレアスは朝ごはんにソーセージを焼いてあげて、それを食べてから出発になりました。
 全て雪に覆われた白い雪原にオコジョは駆け出し、お互いに名残を惜しんで手を振りましたが、真っ白な世界に真っ白のオコジョはあっという間に姿が見えなくなりました。
 ボレアスは日が昇らない冬の昼、赤く染まる空に白いため息をつきました。しかしあの恐ろしい冷たい風は起きませんでした。そのため息は幸せなため息で、オコジョの安全な帰りの旅路を祈っていたからです。

 お客さんが来るってなんて素敵なんだろう。新しい友達はいつもなんて素晴らしいものだろうか。
 藍色の空に煌めく星と、甘い紅色の中昇る太陽のように美しい。
 僕のお父様お母様にも見せたい、本当の宝物。
 ボレアスは空に詩と祈りを捧げ、そして丸い赤色のドアの前の雪を綺麗に掻きました。

『どうぞ、いつでも誰でも遊びに来てください。何も持たず、遠慮なく、僕の家でくつろいで美味しいものを食べ、遊び、ゆっくり休んで行ってください。』

 そう書いた看板を立てよう、とボレアスは思いました。それが雪に隠れてしまったら、毎日雪を払って、見えるようにして…。

 こうしてボレアスは毎日お客様を迎える準備をしていますから、もしも北の雪の峰で扉を見かけたら、気兼ねせずに訪ねてください。とても心の優しい子グマですから、あなたを食べたりはしません。
 そこで恐ろしい北風が吹いていたとしたら、ボレアスが暖かい部屋の中、ため息をついてお客様を待っている時なのですから。




あとがき

お腹痛くてここのところ参ってたので、慰めに書きました…
ボレアスは以前書いたノトスの冒険(https://note.com/eoshosiyo/n/ne80e26ceff31)のノトスの兄弟です。ふわもこで丸い子グマです。
文中に出てくる弦楽器は、ロシアの弦楽器グースリがいいかな、と思いました。こんな音を聴いてみたいです。
他の兄弟についてもイメージができているので、いつかふと書いてみたいと思います。

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