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自分のサボタージュについて研究をすることのススメ

コーチング用語で、「サボタージュ」という言葉がある。人が何か、自分の人生を良き方向に変化させよう、とした時にその足を引っ張る力のこと。たとえば「小説を出版したい」という夢をかがげた青年に、耳元で「そんなの誰も読まないよ。ウケけけ」と囁く声が聞こえる様子をイメージしてもらいたい。それをいう小人か目玉親父のような存在(実際は個人の頭の中での出来事)がサボタージュだ。

誰にでも、そっと箪笥の奥にしまってある夢がある。そしてその夢を取り出して、埃を払って愛でるのがコーチの仕事の一つだと思うのだけど、その過程にクライアントからサボタージュ(変化を拒む小人)が活発に現れることはよくあるお話。押入れを片付ければまっくろくろすけみたいなのが出てくるものなのだ。でもいうことを聞いてはいけない。そっと無視するのが吉だ。

かくいう私もサボタージュの小人たちのバンドメンバーを養っていきたくらいの自信はある。見ようによっては私は歩くサボタージュだなとさえ思う。いつだって変化を起こさない言い訳ならいっぱい持っていて、一挙手一投足セルフツッコミで忙しいし、話術に磨きをかけて周囲を煙に巻くくらいのことはできるようになってきた。でも本当に何かを変えようと思ったら、そこにエネルギーを消費しているのは無駄だなと感じつつある。

そんな話をマイコーチとしたら、サボタージュ研究をしている人の作った、こんなマニアックなアセスメントを紹介しってくれた。英語のサイトだけど、きっとGoogleで日本語訳をかければ普通に読めるはずなので興味のある方はぜひやってみてもらいたい。

アセスメントを受けた結果、私は大いにPleaser(他人を満たそうとする)であり、Hyper Achiever(高い達成をしようとする)サボタージュメンバーが元気だという結果だった。

正しい気がする。いつだって頑張っていないといけないみたいな強迫観念もあるし、他人に否定されるのはすごく疲れる。そしてこの二つ以外も全体的に強くて、サボタージュの小人が元気に私と共に暮らしている様子が見える。

このサボタージュの小人集団のことを私はサボタージュ・バンドと呼んでいるのだけど、きっと彼らにも本来は役目があったはずだ。私を40年以上にわたって危険から守り、大怪我をさせずに生き延びさせてくれた存在。平均的な昭和の日本生まれの女子に比べたら、かなり荒野を歩くような子供時代だったと思う。よくぞ守ってくれた。

でもこれからの40年で、最も添い遂げたいか?が本当の問いで、それは明らかに否、だったのでうまく同居していく方法を探って行こうとしている。お部屋を片付けるコンマリのイメージにかなり近い。多分、心の中もKonmariするとなると、サボタージュと向き合うことになるのだ。Konmariが、不用品を捨てる時にじっとそれを手に握りしめながら「今までありがとう」と言って手放すのにきっと似ている。

あなたの心のサボタージュは、どんな小人ですか?

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