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「要領が良い」の正体


§1 要領が良い人の共通点

大学受験やその他多くの試験で「要領が良い」と評される人が存在します。一夜漬けで合格点を取れる人と、そうでない人の違いについて考えてみました。
以下に要領のいい人の共通点を挙げてみます。

1. 完璧主義にならずにテストに出そうな箇所をピンポイントで学ぼうとする

要領が良い人は、全ての範囲を完璧に理解しようとはせず、試験に出そうな箇所を絞って学習します。
分野を絞って難しい問題まで解けるようにするのではなく、確実に簡単な問題を解けるようにする、といったことを意識しているように思います。
まとめると以下の通りです。

  • 出そうな箇所や簡単な箇所を集中的に学習する

  • 満点を目指さず、合格点を目標とする

2. 短期記憶能力や理解力が高い

これを言ってしまっては元も子もないような気もしますが、要領のいい人は、短期間で大量の情報を記憶し、理解する能力が高いことが考えられます。
また、これには生まれつきの能力も影響しますが、適切な学習法を駆使することでも向上します。


§2 科学的視点から見た要領の良さ

これらの要因を科学的に検証してみましょう。

集中的学習の効果

研究によれば、集中的な学習(いわゆる「一夜漬け」)は短期間での記憶定着に効果的ですが、長期記憶には不利であることが示されています【Dunlosky et al., 2013】。

合格点を目標とする戦略

試験問題の出題傾向を分析し、重要な箇所に焦点を当てることも重要です。研究により、特定の範囲に焦点を当てることで学習効率が向上し、合格率が高まることが示されています【Schmidt & Bjork, 1992】。
要するに過去問分析は大事だということです。

短期記憶と長期記憶

短期記憶能力は情報を一時的に保持する能力であり、試験直前の一夜漬けで特に重要です。一方、長期記憶は情報を長期間保存する能力であり、定期的な復習や間隔を空けた学習が効果的であることが知られています【Bjork & Bjork, 2011】。定期的な復習はやはり大事なようですね。

理解力と要領の良さ

理解力が高い人は、新しい情報を迅速に消化し、他の知識と関連付ける能力に優れています。研究では、メタ認知(自分の学習プロセスを理解し、調整する能力)が学習効率に大きく寄与することが明らかになっています【Zimmerman, 2002】。


§3 本質理解と要領の良さの限界

ここまで述べた通り、出題範囲の狭い定期試験等では要領の良さは武器になりえます。
一方、研究や本質理解が求められる場面では、要領の良さの影響は限定的になる可能性があります。

本質理解と情報の統合

本質的な理解を得るためには、単なる情報の暗記では不十分であり、複数の情報を統合し、深い理解を得る必要があります。
本質理解のプロセスをまとめると以下のようになるでしょう。

  • 情報の整理と関連付け:新しい情報を既存の知識と関連付け、体系的に理解する。

  • 概念の抽象化:具体的な事例から抽象的な概念を導き出す。

  • 深い学習:表面的な知識ではなく、知識の背景や構造を理解する。

具体例 1: ニュートンの運動法則

表面的な理解

ニュートンの運動法則は多くの物理の教科書で紹介されています。特に、以下の第2法則(F = ma)はよく知られています:

  • F(力) = m(質量) × a(加速度)

この公式を覚えて問題を解くことは、表面的な理解にあたります。

本質理解

対して本質的な理解とは具体的には以下のような理解のことです。

  • 力の定義:力が物体にどのような影響を与えるかを理解する。例えば、力が物体の速度や方向を変えること。

  • 加速度と質量の関係:質量が大きいほど、同じ力を加えても加速度が小さくなるイメージ。

  • ベクトルとしての力:力は方向を持つ量であり、ベクトルとして扱われる。

こういった本質理解を根底に持つことによって、ニュートンの運動法則を複雑な状況でも適用できるようになるのです。

具体例 2: 数学の微分積分

表面的な理解

もう一つ例を挙げてみましょう。
微分積分の基本公式を覚えることは、表面的な理解の一例です。例えば、以下のような公式があります:

  • 微分: $${\frac{d}{dx} x^n = nx^{n-1}}$$

  • 積分: $${\int x^n \, dx = \frac{x^{n+1}}{n+1} + C}$$

これを覚えれば簡単な問題はすぐに解くことができます。

本質理解

微分積分の本質的な理解には、これらの公式がどのように導かれ、どのように応用されるかを理解することが含まれます。具体的には:

  • 微分の意味:微分が関数の瞬間的な変化率を表していることを理解する。これにより「速度が位置の時間に対する微分であること」と微分の概念をつなげること等の応用が可能になります。

  • 積分の意味:積分が関数の累積量(連続する数におけるΣのようなもの)であることの理解。

  • 微分と積分の基本定理:微分と積分が互いに逆操作であることの理解。

これらの理解を統合すれば、いわゆる微積物理と呼ばれるものも理解できるようになります。加速度から速度、速度から位置を求めること、数学では面積や体積を求める問題などを公式的に考えずともできるようになります。

科学的な裏付け

このような本質的な理解の重要性は、教育心理学や認知科学の研究によっても支持されています。

『深い学習』の効果

『深い学習』とは、単なる記憶ではなく、理解と応用の能力を高める学習法です。研究によれば、深い学習は長期的な知識の保持と問題解決能力の向上に寄与します【Chi, Glaser, & Rees, 1982】。これは、学習者が情報を関連付け、抽象化し、応用するプロセスを通じて達成されます。

情報統合の重要性

本質的な理解には、情報を統合し、関連付ける能力が必要です。研究では、知識をネットワークとして捉え、複数の情報を関連付けることが深い理解につながるとされています【Bransford, Brown, & Cocking, 2000】。
要するに、知識を断片的に覚えるのではなく、関連性を持って学ぶことが大事ということです。

問題解決と本質理解

単純な暗記では対応できない複雑な問題に対しては、本質的な理解深い学習が重要です。研究によっても、本質的な理解が問題解決能力の向上に直結することが示されています【Ericsson, Krampe, & Tesch-Römer, 1993】。


§4 要領の良さと本質理解の関係

ではこういった本質理解に関して要領の良さはどの程度大事なのでしょうか。
これについては要領の良さは短期間の学習において有利である一方で、本質的な理解を必要とする場面では、その影響は限定的と言えます。
例えば、東大や京大の問題のように本質理解を問うている傾向が大きい場合には要領の良さよりもどれだけ深い学習を行い、本質的な理解ができるかによって左右されると言えるでしょう。
それにかかる時間に個人差はあるでしょうが、少なくとも一夜漬けで身につくものではなく、努力と時間を要するものであることは間違いありません。


参考文献

  1. Ericsson, K. A., Krampe, R. T., & Tesch-Römer, C. (1993). The role of deliberate practice in the acquisition of expert performance. Psychological Review, 100(3), 363-406.

    • 問題解決と本質理解のセクションで使用。

  2. Brown, P. C., Roediger III, H. L., & McDaniel, M. A. (2014). Make It Stick: The Science of Successful Learning. Harvard University Press.

    • 全体的な学習法と理解に関する文献として。

  3. Bjork, R. A., & Bjork, E. L. (2011). Making things hard on yourself, but in a good way: Creating desirable difficulties to enhance learning. In Psychology and the real world: Essays illustrating fundamental contributions to society (pp. 56-64).

    • 短期記憶と長期記憶のセクションで使用。

  4. Bransford, J. D., Brown, A. L., & Cocking, R. R. (2000). How People Learn: Brain, Mind, Experience, and School. National Academy Press.

    • 情報統合の重要性のセクションで使用。

  5. Dunlosky, J., Rawson, K. A., Marsh, E. J., Nathan, M. J., & Willingham, D. T. (2013). Improving Students’ Learning With Effective Learning Techniques: Promising Directions From Cognitive and Educational Psychology. Psychological Science in the Public Interest, 14(1), 4-58.

    • 集中的学習の効果のセクションで使用。

  6. Zimmerman, B. J. (2002). Becoming a Self-Regulated Learner: An Overview. Theory Into Practice, 41(2), 64-70.

    • 理解力と要領の良さのセクションで使用。

  7. Schmidt, R. A., & Bjork, R. A. (1992). New conceptualizations of practice: Common principles in three paradigms suggest new concepts for training. Psychological Science, 3(4), 207-217.

    • 合格点を目標とする戦略のセクションで使用。

  8. Chi, M. T. H., Glaser, R., & Rees, E. (1982). Expertise in Problem Solving. In R. J. Sternberg (Ed.), Advances in the Psychology of Human Intelligence (Vol. 1, pp. 7-75). Lawrence Erlbaum Associates.

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