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資金繰りは大丈夫?!未曾有のコロナショックがANAとJALに与える影響を分析


先日ANA、JALの2020年3月期の決算が発表されました。
ANAは、四半期ベースで赤字に転落し「過去最悪の数字」。JALも経営再建後初の四半期赤字となりました。また、両社は2021年3月期も第1四半期から大幅な減便を余儀なくされており、JALは「直近では国際線約95%、国内線約70%の減便」を予定しています。

皆さんご想像のとおり、航空業界は多額の設備投資が必要で、それを多くの借入金等で賄っています。ただでさえキャッシュフローが非常に厳しい業界にもかかわらず、当面は状況の回復が見通せない中、両社はそれぞれ金融機関等に融資の打診をしています。

さすがに倒産はしないよね?という思いはある一方で、JALの経営破綻も頭をよぎります。従い、このNoteでは、両社の資金繰りはどれくらいやばい??という疑問をきっかけに、以下のような点に関して疑問に対して自分なりに分析した結果を記載しています

・そもそもANAとJALは直近の業績は?
・ANAとJALでは、どちらが収益性が高い?海外の主要な航空会社と比べて両社の収益性はどう?
・ANAとJALでは、どちらが安全性の指標が高い?海外の主要な航空会社と比べて両社の安全性はどう?
・このままの状況が続くと資金はいつぐらいにショートする?それを防ぐにはどれくらいの追加資金が必要?

(開示情報からできるだけ正確な分析等を心がけておりますが、誤り等がある可能性がありますのでご容赦ください。)

さて、両社の分析をする前に、前提としての航空業界について簡単にふれさせてください。

航空業界といえば”儲からない業界”

航空業界が提供している価値は基本的に「移動」であり、「安全」がまず優先事項にあがってくることに加え、長時間の移動を快適に過ごすためにも、航空機自体は非常に重要な資産であり、常に投資することが求められています。

一方で、航空機は1機平均で100億円以上もするので、基本的には銀行等の金融機関からお金を借りて、航空機を購入またはリースを行わなくれはならず、事業を行う上で借入をすることは不可避でしょう。

近年ではLCCと呼ばれるような格安航空会社がでてきたことから、価格面での競争も激しくなっており、利益率も高くありません。ポーターの有名なSCP理論に関する本などを読んだことある方は、”儲からない業界”の典型例としてまずこの航空業界を思い浮かべると思います。

JALの経営破綻の要因は、経営管理や組織体質、意識等を指摘されていますが、前提として、キャッシュフローが厳しい業態であることも要因であることに間違いはないでしょう。

アンコントローラブルな事業リスクが多い

また、ANAの決算短信にある「事業等のリスク」を見ると、航空業界がいかに多くの事業リスクを抱えているかがわかります。

競合他社との競争や、運航リスク(航空機事故等)のような当然のリスクのほかに、今回の感染症リスクはもちろん、景気、原油価格、為替変動、国際情勢、訴訟、環境規制、災害などどれも会社レベルでコントロールできるレベルのものではない事業リスクと常に背中合わせで事業を行っています。

JALもある意味イベントリスクは起こりうる前提で、それにも耐えうる組織や財務体質を目指しています。

航空の自由化に伴い、今後、国内のみならず外国の航空会社との競争の激化が進むことが予想される状況下において、JAL の再生のためには、収益の確保と経費削減による経営の効率化こそが喫緊の課題である。また、これまでリスクイベントの発生による国際線の大幅な減収が頻発したことに鑑み、こうした事態に柔軟に対応しうる人事、組織の改革も併せて検討する必要がある。(中略)
また、財務面においては、目先の利益計上にこだわらず健全な会計処理を行い、財務面での基盤強化を行うことにより、リスクイベントに対して耐性があり、将来に向けた競争力強化のための投資が可能な財務体質にすることが必要である。
(2010年8月26日「調査報告書」より抜粋)

ただ、いかにあらゆるリスクを想定していても、今回のような未曾有の事態を想定した事業はできえません。このようなリスクを隣り合わせで事業を行っている両社の方々には頭が下がる思いです。。。

近年ANAは国際線売上高を中心に順調に売上高が増加

次に、航空業界で日本のトップ2を走るANAとJALの収益性や安全性の指標を、世界の名だたる航空会社とも比較してみながら分析してみたいと思います。

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まずは売上高です。

2020年3月期はコロナの影響で前年比で減少していますが、コロナの影響を受ける前である2019年3月期の売上高は、ANAは約2兆円に対し、JALは約1.5兆円です。
ひと昔前はANAは国内線、JALは国際線の印象が強かったですが、国際線もここ数年はANAの方が売上高は高く、特に2015年から2019年までで30%増と右肩上がりに増加していました。

訪日外国人旅行者数はもちろん、出国日本人数もここ数年で増加していることも追い風になっていそうです。

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直近の利益率はJALの方が高い

次に、先日発表されたばかりの2020年3月期も含めた直近2年分の営業利益とEBITDAを見ていきます。

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EBITDA=営業利益+減価償却費

2019年3月期の営業利益は、ANAの1,650億円に対しJALは1,761億円、営業利益率はANA8.02%に対してJALは11.84%あります。

また、営業利益に減価償却費を加えたEBITDAで比較すると、ANAの3,245億円に対しJALは3,002億円、EBITDAマージンはANA15.77%に対してJALは20.19%でした。
なお、航空業界は多大な固定資産を抱えながら事業を行うため、毎年減価償却費が多額に発生します。一方で、固定資産の購入時期や購入量、減価償却の方法等によっては、減価償却費は各社で大きく異なる可能性があるため、本来の収益性を比較する上では、営業利益よりもEBITDAで見たほうが良さそうです。

営業利益率10%というのは、他業種では低く見えるかもしれませんが、”儲からない業界”の割にしっかりと利益が出ている印象です。

では、海外の名だたる航空会社の収益性と比較するとどうでしょうか?

JALの利益率は世界トップクラス

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世界の名だたる(超優良?)航空会社と比較すると、ANAの営業利益率はこれらの中でちょうど平均くらい。JALはDeltaやSouthwest航空についで高い営業利益率となっています。

もちろん、路線や競争環境も違うため、単純に比較はできませんが、JALの利益率は世界の中でもトップクラスに高い数字です。

次に、各社の営業キャッシュフロー(営業CF)を売上高で割った比率(売上高営業CF比率と呼ぶ)で見てみます。

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売上高営業CF比率は一般的な指標ではないですが、EBITDAマージンと近しいと思うので、このNoteでは簡易的にEBITDAマージンの代わりに使っています。なお、営業CFは営業活動からどれくらいお金が増えた(又は減った)のか?を示します。減価償却は費用ですが、お金の支払を伴わない費用のため、営業CFの計算過程では、利益に減価償却が足され、EBITDAと近しい前提条件になります(詳細の説明は割愛)

売上高営業CF比率は、EBITDAマージンと近しい指標ですが、この指標では、JALが世界の主要航空会社でもトップの数字です。再建後のJALがいかに効率的な経営を行っているかの証左でしょう。また、ANAも十分に高い水準といえると思います。

少し余談ですが、営業利益率は低かったCathay PacificやSingapore Airが、売上高営業CF比率では、ANAと同等程度に高くなっています。一方、Delta、United、Americanの米国3社は相対的に低くなっています。これは、Cathay PacificやSingapore Airは、費用に占める航空機の減価償却費の割合が大きく、Delta、United、Americanは減価償却費の割合がそこまで大きくないことを意味しています。

JALの安全性の指標は世界で断トツ

次に安全性の指標を比較します。

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【安全性の指標の簡単な説明】
・手元流動性比率=(現預金等)÷月次売上高
月の売上高に対してどれくらいの現預金等を持っているかの指標。会社の事業規模に対して手元のキャッシュがどれくらい余裕あるかを示す。
・流動比率=流動資産÷流動負債×100(%)
流動資産や現預金や1年内で回収見込みの短期債権等の合計。流動負債は1年内に支払いが必要な債務等。短期的な支払い能力を示し、高ければ高いほど安全性が高い。一般的な業種では100%を下回ると良くなく、200%を超えると優秀。
・自己資本比率=自己資本÷総資本(=総資産)×100(%)
必要な資金を、返済義務のない自己資本でどれくらい賄っているかの指標。高ければ高いほど安全性が高い。低い場合は、返さなけいけないお金で必要資金を賄っている比率が高いことを意味する。

これを見ると、キャッシュをはるかに超える借入があるANAは大丈夫か?と思う方がいるかもしれませんが、これは航空業界では普通で、JALが特異です笑(JALは経営破綻に伴い、5,000億円超の債務免除や3,500億円の増資などがあったことを考えると単純にこの2社を比較するのはどうかと思いますが、少なくとも現時点での安全性ではJALは極めて優秀な数字です)

また、流動比率はいずれも100%を超えていますが、航空会社のように多額の借入金を常に返し続けないといけない業態であることを踏まえると、極めて健全で優秀な数字だと思います。

では、海外の航空会社との比較を見てみましょう。

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右上に行けば行くほど、安全性の指標が良い(≒数値上倒産リスクが低い)ことを意味しますが、ANAとJALがいかに健全な財務体質かがわかります。特に、流動比率が100%を超えているのはANAとJALだけです。

さて、このようにANAとJALは健全な財務体質を誇っていましたが、コロナショックは売上高の大半を占める国内外旅客売上高を長期にわたって大幅に減らす、まさに未曾有の事態です。ここからはその影響を予想した上で、実際にどれくらいお金が必要そうなのか?を分析していきます。

「過去最悪の数字」の”更新”は間違いない状況

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このグラフは2020年3月期のANAとJALの四半期営業利益・営業利益率の推移です。これまで両社ともに安定的に利益を出していましたが、第4四半期は大きく赤字となっています。

しかし、2021年3月期の1Q以降はさらに大規模な減便の影響を受けて赤字幅が拡大するのはほぼ間違いないでしょう。以下のANAの決算発表資料からも4月以降の減便の見通しが見て取れます。減便をすることでコストも削減できますが、固定費も相当程度あることを踏まえると、減収を上回るコスト削減は無理です。

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(「ANAホールディングス株式会社 説明会 2020年3月期決算」2020年4月28日より抜粋)

ANAとJALで分けて、どれくらいの資金が必要そうかを試算してみたいと思います。

コロナの感染が収まったとしても、世界的な景気への悪影響から、直ちに旅行客数やビジネス利用が回復するとは思えません。どう読むか難しいですが、一旦保守的に、「2020年度中(2020年4月から2021年3月まで)は現在と同じような状況が続く。2021年度中(2021年4月から2022年3月まで)に徐々に回復し、2022年度からはこれまでと同水準に戻る」ケースで考えてみます。

少し細かい話になるので結論だけ先に書きます。興味がない方は飛ばしてもらって構いません笑

【結論】
向こう2年間で、ANAは約1兆円程度、JALは約6,000億円程度必要そう。

ANAは固定費が重く、約1兆円の資金が必要か

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2020年3月期の3Qと4Qの事業費用を比較すると、飛行機が減便したことによって増減する費用(変動費)と変わらない費用(固定費)がざっくりわかります(もちろんそれぞれの費用のすべてが固定費又は変動費ではないですが、わからないのである程度ざっくりと仮定をおきます。ANAでは座席キロ(総座席数×輸送距離)という指標を出しており、変動費がある程度座席キロと相関すると仮定しています)。

この前提条件を元に計算すると、ANAの事業費用のうち固定費は四半期ごとに約2,300億円~2,500億円程度。変動比率(変動費÷売上高)は約47%~52%程度で推移していそうです。その場合、損益分岐点売上高(営業利益がでる売上高)は約4,800億円になります。

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先ほどの見通しのとおりの減便を4-6月で行った場合、2021年第1四半期の営業利益は、約1,700億円程度の赤字になるのではないか?と予想しています。その場合の営業CFは△約1,300億円です。仮に2020年度内は同じ状況が続いた場合、年間の営業CFは△5,200億円になります。

ANAは2020年3月期は航空機の取得・売却の純額で約1,500億円投資しています。2021年3月期も同じだけ投資しなければならないと仮定した場合の年間の投資CFは△約1,500億円です。

既存の借入金は借り換えをする前提で、財務CFはゼロとした場合、2021年3月期の年間のCFは合計で△6,700億円です。

2021年はさすがに回復するだろう(そうなっていてほしい)前提で、計算すると2022年3月期の年間のCFは△3,500億円程度になります。

常に2,000~3,000億円程度の手元資金は確保しておく前提で考えると、「2020年度中(2020年4月から2021年3月まで)は現在と同じような状況が続く。2021年度中(2021年4月から2022年3月まで)に徐々に回復し、2022年度からはこれまでと同水準に戻る」ケースでは、2年間で約1兆円程度の追加資金が必要かなと思います。

JALは相対的に固定費が軽く、必要資金は6,000億円程度か?

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同じようにざっくり推定すると、JALは固定費が約1,400億円。変動比率は約52~55%。損益分岐点売上高は約3,000億円となります。JALは経営破綻後の経営の効率化により、リスクイベントに耐えうる体質を目指すべく、固定費も低く抑えていることがうかがえます。

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ANAと同様の理屈で計算すると、2021年3月期の第1四半期の営業利益は、約1,000億円程度の赤字になるのではないか?と予想しています。その場合の営業CFは△約700億円です。仮に2020年度内は同じ状況が続いた場合、年間の営業CFは△2,800億円になります。

投資CFと財務CFもANAと同じ条件(投資CFは年間で△1,500億円、財務CFはゼロ)とすると、2021年3月期の年間のCFは合計で△4,300億円になります。

ちなみに、JALの決算発表資料によれば2020年度(2021年3月期)は投資抑制により設備投資額が1,500億円程度になるとのことなので、乖離はなさそうです。

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(「日本航空株式会社 2020年3月期決算説明会」2020年4月30日より抜粋)

また、ANA同様に計算すると、2022年3月期の年間のCFは合計で△約2,500億円になります。

従い、常に2,000~3,000億円程度の手元資金は確保しておく前提で考えると、2年間で約6,000億円程度の追加資金が必要かなと思います。

以上より、個人的な必要資金の予想は以下です。

【結論(再掲)】
向こう2年間で、ANAは約1兆円程度、JALは約6,000億円程度必要そう。

海外でも続々と1兆円規模の調達が進む

ちなみに、アメリカン航空は従業員の給与向けに58億ドル(約6,200億円)の支援を受けるほか、47億5,000ドル(約5,100億円)の融資も申請するとのことで、総額で1兆円超の資金調達をする方針のようです。

また、シンガポール航空は先日150億シンガポールドル(≒約1.1兆円)の資金調達を発表しました。既存株主に向けた新株発行と転換社債を発行する予定で、主要な株主であるTemasekがこれに応じています。Temasekはシンガポール政府系の投資会社です。また、これ加えて短期的な手元資金のために40億シンガポール(≒約3,000億円)のブリッジローンをDBS Bankから行う予定です。航空業界は、シンガポールのGDPの12%以上を支えるまさに経済の柱なので、国策として支援しているのもうなずけます。

https://www.singaporeair.com/saar5/pdf/Investor-Relations/Rights-Issue/NE-0720.pdf

”This transaction will not only tide SIA over a short term financial liquidity
challenge, but will position it for growth beyond the pandemic.” 

TemacskのCEOはこの記事の中で「短期的な資金繰りを乗り越えるためだけでなく、パンデミック後の将来の成長のために行う」と述べています。

パンデミック後の成長に向けた支援

日本国内の航空会社でつくる定期航空協会は、業界として2兆円規模の支援を政府に求めているようです。

2兆円はほかの航空会社も含めた話ですが、現在の状況が向こう1年は続き、そこから緩やかに回復するようなシナリオでも、2兆円程度の規模があれば航空業界を支えられそうです。

航空業界以外にも多くの業態が今回のコロナによって甚大な影響を受けていますが、世界中のヒトの移動を担うインフラとしての航空業界は各国が名指しして支援する重要な産業の一つです。

ANAやJALが引っ張る日本の航空業界も、政府や金融機関等と一体となってこの未曾有の事態を乗り越え、将来の成長につなげ、グローバルの中でも競争優位性を高めていってもらいたいと願っています。

(この記事は、開示情報から推測しているあくまで個人的な見解です。情報の正確性、信頼性、完全性を保証するものではありません。)

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