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ツィオルコフスキーとの思いがけない再会

※この記事は「自己肯定感を得た結果(?)虚無に陥った話」の続きになりますが、こちらから読んでも不都合はないと思います。

宇宙への憧れ

幼少期の私は、宇宙が大好きだった。

1992年にエンデバー号で宇宙に飛び立った毛利衛飛行士は私にとって一番のヒーローだった。
ハッブル宇宙望遠鏡が写し出す遠い銀河の姿を見て、宇宙の果てまで見通せる日はすぐそこまで来ていると思った。
1997年にマーズパスファインダーが火星に着陸すると、送られてくる火星の風景に釘付けになった。
1999年ごろ、太陽系外惑星が見つかるようになると、住めそうな惑星がないことにがっかりした。(当時は観測技術が未発達で、発見されるのは巨大ガス惑星ばかりであった)
2000年7月16日に皆既月食があり、私は月食を観測するために小遣いをはたいて双眼鏡を買った。

一般人が宇宙旅行に行ける時代は、なぜかどんどん遠ざかっていったけれども、それでも私は宇宙が大好きだった。
宇宙を目指した人々は、みんな最高の偉人だった。

その中に、彼の名前があった。

コンスタンティン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー

彼は幼い頃に聴力をほとんど失い、その上に貧乏で学校に行くことができなかった。
それでも図書館に通って独学で物理学を習得し、空を飛ぶ手段が気球しか無かった時代に宇宙に飛び出す方法を探し求めた。

そして、
・気球やプロペラは空気のない宇宙では使うことができないこと
・燃料と酸化剤を搭載し、燃料を燃やしたガスを噴射して進む乗り物、すなわちロケットこそが宇宙飛行に最適であること
を導き出した。

他に、多段式ロケット、軌道エレベーター、リアクションホイール(宇宙船に設置した円盤を回転させ、その反作用で宇宙船の向きを制御する機構)も彼が考案したものとされる。

私はその功績の偉大さに感嘆したものだった。

大地への帰還

だが、1950〜60年代の黄金時代に続く白銀の時代はいつまでも続かなかった。
時代の終わりを決定付けたのは2003年、コロンビア号が7名のクルーとともに失われたことだったと思う。

私は、国際宇宙ステーションが完成するのを楽しみにしていたのだが、スペースシャトルが飛ばなくなり、宇宙開発もほとんど進まなくなったと感じた。
それと関連があったかはわからないが、私の宇宙に関する関心も薄れていった。

それから時は流れ、私は宇宙とはあまり関係のない分野である農学部に進学。
農芸化学を学び、修士卒でどうにか就職した。

無常の運命

そのころ、「義務」と「世界の理」を失った私が目標を失って虚無に陥っていたという話を前回した。
その後、私は何とかして虚無から脱出しようと「本当に意味のあること」を探し求めた。

まず思いついたのは「未来をよくすること」だった。
一般に、人が死を運命づけられながらも、よりよく生きようとすることができるのは、自分が成したことが自分のためだけでなく、後世のためにもなると信じられるからではないだろうか。
だから、後世の人々のために働こうと考えようとした。

しかし、人類はさまざまな危機に直面しており、仮にその危機を克服したとしても、生物である以上、ヒトという種もいずれ絶滅する運命にあることを私は知っていた。
高校生のころの私は「アフターマン」や「フューチャー・イズ・ワイルド」(いずれもドゥーガル・ディクソンによる、人類後の地球における生物の進化を描写した作品)を楽しく読んでいたのに、今や人類の無常の運命は手枷足枷となって私を縛りつけるようになった。

シンギュラリティは目的たりうるか?

他の人はどうかは知らないが、少なくとも私は、

虚無を克服し、よりよく生きるためには、成したことが後世のためになることが必要で、そのためには人類が永続しなければならない

という結論に至った。
しかし、ヒトは生物である限り滅びを免れない。
仮にヒトが滅びを免れたとしても、地球が滅びを免れないだろう。
仮に地球が滅びを免れたとしても、宇宙が滅びを免れないだろう。

普通はここで諦めるかもしれないが、私は完全に諦めがつかない限り前に進むことにした。

滅びの宿命についての言説をたどるうちに、人間を超越することでこの問題を解決しようとするトランスヒューマニストやシンギュラリタリアンのことを知った。
最初に知ったのはこの分野の第一人者といえるレイ・カーツワイルだったが、彼の主張は楽天的すぎると感じた。

ここでいう「楽天的な主張」とは、「シンギュラリティがほぼ確実に来る」という主張ではない。
「AIが人類に敵対する可能性はほとんどない」という主張でもない。
「シンギュラリティこそが人類の目的であり、シンギュラリティさえ起こせば永遠に幸せ」と言わんばかりの主張のことある。
彼のいう幸福は欲望を満たすことばかりであり、それだけで幸せになれるとはとても思えなかった。
シンギュラリティを成し遂げた後、永遠の生命をどう生きればよいのか、彼はあまり考えていないようであった。
シンギュラリティそれ自体を目的にすべきではなく、それを経てどのような世界を目指すのかが重要ではないかと私は思った。

ロシアの革命的思想

私はさらに過去にさかのぼり、思想の源流を目指した。
そこでロシアの革命家、アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・ボグダーノフとアナトーリイ・ヴァシーリエヴィチ・ルナチャルスキーに出会った。

ボグダーノフは一時期はレーニンと革命組織のトップを争った人物である。彼はボリシェヴィキの共産主義革命に対し、生産手段の共有だけでは革命は不十分だと主張し、革命を完成させるには肉体や感覚まで共有する必要があると主張した。
彼はまず血液から共有してみようと考え、自ら輸血の実験台となったが、その実験によって命を落とした。

ルナチャルスキーはソ連の初代文部大臣である。彼は共産主義が宗教を否定していることに対し、人間は信仰なしでは生きることができないと主張した。彼は宗教的文化財の保護に取り組むとともに、人類が進化して神になるという新しい宗教「建神主義」を提唱した。

この2人はとても親しく、互いに影響を与え合っていた。
2人は革命を生き延び、ボリシェヴィキの時代にも粛清されることなく生涯を全うしたが、晩年は不遇であったという。

2人の思想はあまりに独創的である。
しかし、まったくの独創ではなく、同時期のロシアやヨーロッパの思想潮流に影響を受けて形作られたものである。
その潮流の中にあったのが、「ロシア宇宙主義」である。

思いがけない再会

ロシア宇宙主義とは、革命前後のロシアにおいて、宇宙規模の人類の理想を語った人々の思想に対し後世につけられた総称である。
そのため、思想家たちが自ら「宇宙主義者」を名乗っていたわけではない。
また、その思想も思想家間の隔たりが大きく、ひとまとめにするのはふさわしくないという意見もあるようだ。

これらの思想家は当時それなりに有名であり、後の宇宙開発競争においてソ連が先んじたことにも間接的に寄与したともされる。

思想の例を挙げると、このようなものだ。

・科学の力ですべての死者を復活させる。
・地球を飛び出し、不死を得る。
・知性の誕生は生命の誕生に匹敵する大事件であり、生命がその活動で地球を造りかえたように、人間はその知性で宇宙を造りかえる。

一見荒唐無稽な思想ではあるが、宇宙規模の目的を設定する壮大なビジョンは、私にとってあまりにも魅力的だった。

フョードロフ、ソロヴィヨフ、ヴェルナツキー…

私は見知らぬ思想家たちの名前の中に、見知ったあの名前を見つけた。

コンスタンティン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー

よく生きるために

ツィオルコフスキーの言葉として最も有名なのは、この言葉だろう。

地球は人類のゆりかごだが、人類はいつまでもこのゆりかごに留まっていないだろう。

私の母方の祖母の故郷である各務原市の岐阜かかみがはら航空宇宙博物館にはツィオルコフスキーのパネルが設置されているが、ここにもこの言葉が刻まれている。

ツィオルコフスキーは、地球というゆりかごから飛び出した人類は、人類を超えた存在に進化していくと信じていたという。

よく「悩みがあるときは宇宙のことを考えるのがよい」という話を聞く。
その意図は「自分の悩みをちっぽけに感じることができるから」であることがほとんどである。
私も悩みがあるときは宇宙のことを考えるが、その意図はそのような苦しまぎれのなぐさめではない。

宇宙には無限の可能性があり、私の抱える虚無も人類が宇宙に広まり、進化することで解決されるかもしれない。
たとえ人類にそれが成し遂げられなかったとしても、きっと他の惑星に生まれた知的生命体が再び挑戦するだろう。
何度でも、何度でも。
だから、私ひとりで虚無と闘わなくてもいいのだ。

いつの日にか、宇宙のどこかで虚無が打ち倒されるときがきっと来ると私は信じている。
その瞬間、私だけでなく、この宇宙に生まれたすべての生命の生が報われるのだ。

余談:現代におけるロシア宇宙主義

ロシア宇宙主義と、その現代における展開については、ル・モンド・ディプロマティークの記事がわかりやすかったのだが、いつの間にか有料記事になっていた。

https://jp.mondediplo.com/2019/04/article935.html

ツィオルコフスキー個人の思想について簡潔に知りたいならば、早稲田大学教授であった川崎浹氏の講義ノートが短くまとまっている。


ロシア宇宙主義については、ブームが最近あったらしい。日本語の書籍で最も内容が充実していると思われるセミョーノヴァ「ロシアの宇宙精神」(せりか書房 1997年)はプレミアがつき、出版時の2倍またはそれ以上の価格で取引されている。

ロシア宇宙主義がブームになったのは、最近の世界情勢に影響された思想潮流も影響していると思われるが、これについては木澤佐登志「ニック・ランドと新反動主義」(星海社 2019年)をはじめ、いくつも本が出ているので、あえて私が書くまでもないだろう。

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