100%でわかり合えたら幸せなのか——「I Am Human」
記事を書くとき、頭に浮かんだ文章がそのまま目の前のテキストエディタに書き起こされてくれたらなとたびたび思う。
例えば、脳に電極チップが埋め込まれているとする。自分の思考の刺激に合わせ、チップが何を考えているのかを信号で理解してくれて、それを勝手に書いてくれたりしたら、どんなに楽なことか。
映画「マトリックス」では、主人公のネオが自分の格闘スタイルをアップデートするために、カンフーの型が脳にアップロードされる様子が描かれていた。脳が電気信号の送受信装置とするなら、カンフー時の筋肉の電気信号を模倣できれば、すぐにカンフーを身につけられるのは理にかなってる気もする。
脳に電極を差すという治療
脳に電極を埋め込んだ人々のドキュメンタリー「I Am Human」は、マトリクスの世界とまではいかないが、SFの世界でしかあり得なかったことが、現実に起きていることを教えてくれる。
本作では、四肢麻痺、パーキンソン病、失明、といずれも医学の力では治療できなかった病気を、脳の電気を意図的に操ることで克服しようとする姿が描かれている。
事故のせいで四肢麻痺となってしまったビルが再び自分の手で食事をする姿や、失明したスティーブンが数年ぶりに妻の姿をぼんやりと視認する姿に、思わず前のめりになってしまった。
ドキュメンタリーの中で、とても興味深い実験があった。ワシントン大学で行われたもので、端的に言えば、電気信号による意思疎通だ。
実験内容はこうだ。二人の人が別々の部屋に入り、一つのクイズに挑む。一方の画面にはクイズの答えが、もう一方の画面には答えを特定する質問が書かれている。質問に対しては「はい」か「いいえ」で答える。この返答を質問者側は電気信号により理解するのだ。
回答者は頭をすっぽりと覆うコードの沢山ついた水泳キャップのようなモノを身につけ、質問者は電気信号を受けるためにしゃもじのヘラの部分を上下にくっつけた金属機器を頭の後ろに設置する。回答が「はい」の場合のみ、質問者の脳を刺激し、目の前で何かが光ったような感覚を受診する。(実際には光っていない)
つまり、言葉を介さず、電気の刺激だけで意思疎通をしたのだ。
刺激だけがわかり合える唯一のコミュニケーション?
いきなり悲しい話になるが、人と人は完全にわかり合うことができない、と思っている。だからこそ、お互いのコミュニケーションに気を遣う。相手をなんとかわかろうとするために、ナラティブアプローチのような取り組みを行う。理解のための努力は、とても美しいものだ。
だが、人と人が唯一共有できるものが「刺激」だ。「物理的な痛み」や「刺激的な臭い」などはたとえ赤の他人だとしても、ほとんどズレなく理解できるものではないだろうか。
例えば、包丁で誤って手を切ってしまったときの痛みを知っていれば、友達が同じ状況に遭ったり、テレビでその様子を見たとき「痛み」を感じる。理科の実験でアンモニアの刺激臭を嗅いだことがあれば、あの臭いを共有できる。
身体感覚を伴うモノは、その後に起こる感情は別として、基本的には変わらないはずである。であるならば、先の実験がもっと発達して、脳への刺激を共有できるようになったら、言葉によらない「誤解の無い」コミュニケーションが取れるのかもしれない。
もしもあらゆる感覚が共有できたら、それは幸せなのか
今ではVR技術が発達して、家に居ながら海外旅行をしている気分にもなれるようになってきた。身体の不自由な方やおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に旅行に行く疑似体験ができる。もし、風景だけではなく、そこで感じた刺激も共有できるとしたら。例えば、ハワイの海の砂浜の感覚や、イタリアで食べるピザの匂いも感じられるなら、とても幸せなことだろう。
だが、刺激の共有はいいことばかりでもない。
Netflixで配信されているSFアンソロジー「BLACK MILLOR」(英国版「世にも奇妙な物語」)の中に、他人の身体感覚を共有できる医師の登場するエピソードがある。彼は、手術を受ける患者の痛みを自分とリンクさせることで患者を救っていくのだが、次第に他人の痛みや快感の虜になり、最後は死んでしまう。
この話はあくまでフィクションだが、ある種の刺激に依存性があるならば、相手を傷つける可能性もあるだろう。また、自分とコミュニケーションをとる人の脳内の刺激が常に分かってしまうのも考えものだ。ニコニコしてるけど、実は脳で不快な刺激が起こってた、とかだと、きっと自分は立ち直れない。
相手のことが全てわかってしまうとは、相手について自分で考えることを放棄することなのかもしれない。お互いにわかりあえないからこそ、わかろうと努力する。その姿勢が人間らしさだ。
「I Am Human」では最後に視聴者にこんな問いかけがある。
——人間とは何か。
その問いに対して作り手が出した答えは、実際に見てみてください。
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