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大人になった貴方にこそ「夜のピクニック」をススメたいのだ

「好きな作家は恩田陸かなー」と答えると、「夜のピクニックは読んだことあるよ!」と十中八九返ってくる。読んだことなくても、9割の人がタイトルだけは知っている。

恩田陸が実は女性だとは知らなくても、その存在だけが全国を行脚している不思議な小説。

僕は、「夜のピクニックなら知ってるよ」と答えてくれる方に対して、だいたい「名作ですよね〜」と返していたのだけど。

ごめんなさい。

夜のピクニック、読んだことありませんでした。
知ったかぶりして、ごめんなさい。

読もう読もうと思っていたけど、名作すぎるので、なぜかムキになって読もうとしませんでした。とはいえ、いくつかの他の恩田陸の作品を読んだ後、なんとなくそろそろ読まなきゃいけないような衝動にかられ、遂にこの本を手にしました。

夜のピクニックといえば、恩田陸の名作の一つであり、第2回本屋大賞を受賞し、多部未華子主演で映画化までされた青春小説。舞台は、北高の全校生徒が夜通しで80キロ歩き通すイベント「歩行祭」。二人の主人公、貴子と融それぞれの視点で物語が進んでいく。

物語の最初の方で明らかになるが、二人は実は同じ父親を持つ異母兄弟で、貴子は浮気相手の子供。同じ学校の生徒で同学年、高校3年の時についに同じクラスになる。二人の関係が80キロの道中で変わりゆく様子を、彼らの友人たちを巻き込みながら、会話劇を中心に描いている。

人が死ぬわけでもなければ、大恋愛があるわけでもない。主人公がヒロインのために走り回るわけでもないし、部活で一丸となり何かのてっぺんを目指すわけでもない。

ただ、喋り、歩く。

それだけなのに面白い。さすがは恩田陸。道中小さな事件は起きれども、ほとんどがキャラクターの心情の揺れ動きで進んでいく。

夜のピクニックは、貴子や融と同じ学生の時に読むのと、社会人になった今読むのとでは、きっと違う印象を与える。

僕は学生の時に読んでいないのであれだけど、きっと、融の親友の忍のように細やか気遣いができる友達が欲しいなと思ったり、貴子の友達の美和子のように周りの目を気にせず真っ直ぐと芯を持った人に憧れたりしただろう。その一方で80キロ歩くなんで絶対やだなぁ、と思ったりもする。

社会人になってから読むと、夜のピクニックは日頃忙しくて考えないことを改めて考える機会を作ってくれる小説に変わる

彼らと一緒に歩きながら、友情とは何か、人を好きになるってことは何か、限界を超えてどう考えてもその瞬間では意味のないことを一生懸命にやることの意味とは何か、そんなことを考える。

物語の最初の方で、貴子が歩行祭について、こんな風に考える場面がある。

日常生活は、意外に細々としたスケジュールに区切られていて、雑念が入らないようになっている。チャイムが鳴り、移動する。バスに乗り、降りる。歯を磨く。食事をする。どれも慣れてしまえば、深く考えることなく反射的にできる。

むしろ、長時間連続して思考し続ける機会を、意識的に排除するようになっているのだろう。そうでないと、己の生活に疑問を感じてしまうし、いったん疑問を感じたら人は前に進めない。

貴子の言う通りだなと、読んでいて思わず唸った。

普段仕事をするときは、マルチタスクはしないで、一つのことに集中して淡々とこなす方が効率がいい。仕事術とかの本を読んでも、最初に1週間のスケジュールを引いて、無駄な意思決定をすることなく、悩まず進めていきましょうと書いてあったりする。

その代わり、直近では大事じゃ無いけど、人生においては大事なことを考える機会って仕事が充実すればするほど少なくなってきちゃうのかもな、と思う。実際、自分も割と四六時中仕事のことを考えているなと思うし、それはそれでいいんだけど、ちょっと視野が狭いかも、と振り返るときもある。

小説を読む行為は、長い長い思考のピクニックのようなものかもしれない。

昔読んだビジネス書の冒頭で、こんなことが書かれていた。

小説は娯楽だ。小説が無くても人は死なない。小説を読んでもお腹はいっぱいにならないし、読んでるだけじゃお金も生まれない。

僕は、そんなこと無いと思う。小説を読むことで自分の世界はどんどん広がっていく。

登場人物の気持ちに感情移入して、同じような境遇の友達を思い起こしたり、家族のことを大切にしようと思ったり、そういえば会社の先輩って、この物語のこの人っぽいかもって妄想したり。読んで考えることを繰り返せば、自分の内面は確実に磨かれていくと信じている。

社会学者の橋爪大三郎さんは、「正しい本の読み方」の中でこんな風に述べている。

物語はもともと、実生活をはみ出て、想像力をはばたかせるものだった。小説は、そのかたちを借りつつ、この社会を生きる人びとと重なる世界を描く。そして、人びとの内面に入り込む。

夜のピクニックを読んだことある人も、そうじゃ無い人も、貴子や融と一緒に80キロの道のりを歩いてみませんか? きっと、学生気分と大人気分が相まって、いい道のりになるでしょう。貴子や融が内面にすーっと入ってきて、今見ている世界に対して、新しい発見があるはず。

そうそう、夜のピクニックの前日譚が「図書館の海」という短編集の中に記されているので、夜のピクニックを読んだ後にはぜひ、手にとってみてください。


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