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どんな本を読んだらいいのかわからない人に送る、お母さんみたいな本。

電車通勤の間や、風呂場の中、休日のまとまった時間を使って本を読むようになったのは、社会人になってからだった。

大学時代までは、伊坂幸太郎や東野圭吾を少しだけと、どうしようもなく好きだった野村美月の文学少女シリーズ、西尾維新の物語シリーズを途中まで読むくらいだった。どちらかといえば漫画を読んだり、映画を見ることの方が多かった。大学の学部が国文学科だったのにも関わらず、だ。

本をがっつり読むようになったのは、池袋にある変な書店のせいだった。

大学を卒業した後、生きていくために文章力をつけようと思って、その変な本屋でライティング・ゼミなるものに通い始めた。そこに通うゼミ生の人たちは職業も年齢も千差万別で、普段平均年齢の若いIT企業に身を置く自分としては、全く異なる世界だった。

ただ、皆「本が好き」ということだけは一つの共通点だった。

その変な本屋さんー名前を天狼院書店というーでは、自分が熱狂するほど好きになった本を紹介し合う読書会のイベントがあり、そこで様々な本を紹介してもらった。

本が好きな人が紹介する本は、熱のこもり方が違って、どの本も読んでみたくなるような本ばかり。加えて、店主の三浦さんや、書店員スタッフの方々も様々な本を紹介してくださるので、気づけば本棚の無かった家には2つも本棚が増え、去年は年間100冊以上の本を読み漁っていた。その中に、一冊で一つの本棚を成しているエッセイ集がある。

僕がその本に出会ったのも、やはり天狼院書店がきっかけだった。

当時、僕と同じでライティング・ゼミに通っていたうちの1人に、Nさんという50歳ほど(もしもっと若かったらごめんなさい)の素敵なおじさまがいる。Nさんは、僕の知っている積ん読族の中でも、一際積ん読のレベルが高い。一度部屋の写真を見せていただいたことがあるのだが、「その本もう取り出せないでしょ」というくらい本の塔がそこらかしこに立っている。

そんなNさんが、熱のこもった声で紹介していたのが、2017年度の第156回直木賞、第14回本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の「蜜蜂と遠雷」だった。

「音楽がね、その場で鳴っているような気がするんですよ。色々な情景が目の前を駆け抜けていく」

Nさんが興奮気味に語っていたのを思い出す。そこまでいうならと、買って読み始めたが最後だった。冒頭1ページ目でその世界観に引き込まれ、500ページもの大作にも関わらず、金・土の二日間で怒涛の勢いで読破してしまった。言葉にしてしまうのが勿体ないくらい面白くて、「何かオススメの本ある?」と聞かれたら、真っ先にこの本を紹介してしまうくらい、どっぷりとハマった。

実を言うと、それまで恩田陸の作品は恥ずかしながら1作品も読んだことが無かった。あの超有名な「夜のピクニック」でさえも。しかも、恩田陸のことを男性だと思っていた。

しかし、「蜜蜂と遠雷」との出会い以来、すっかり恩田陸のファンになってしまって、少しづつではあるが、本棚に恩田陸の著書が増えてきた。その際に参考にしていたのが、これまた天狼院書店の書店員さんで、ミレニアル世代の恩田陸と言っても過言ではない、三宅さんという方がまとめた記事だった。

【祝!直木賞!!!】恩田陸ファン歴十年の京大院生書店員が、死ぬ気でおすすめしたい恩田陸作品ランキング20選!!!

このまとめ記事を参考にしながら、興味のある恩田陸作品を集め始めた。恩田陸の作品は本当にハズレが無く、ある意味恐ろしい。この記事の中で第3位にオススメされている「チョコレートコスモス」は自分が演劇をやっていたせいもあるのか、やはり大作であるにも関わらず、ものの2日程度で読み干してしまった。

恩田陸作品を支えているのは、彼女自身の異常なまでの読書量にある。古今東西大量の書物を小学生の頃から読みに読み続けてきた彼女の頭の中の読書のデータベースは、多分、自分が一生かかっても追いつけない。小説家としてめちゃくちゃ忙しいはずなのに、畏敬の念しか覚えない。

そんなスーパーコンピュータ並みの読書データベースの一部が具現化したのが、恩田陸にしては珍しいエッセイ集「小説以外」。

彼女自身、この本の前書きでこう書いている。

エッセイが苦手である。
できれば、作者のデータなど何も残らず、小説だけが残っていくのが私の理想なので、ひたすら小説ばかり書いてきた。

エッセイ集といっても、ほとんどが本に関するエッセイで、彼女がその本を読んだ時にどう感じたのか、なぜオススメするのかが300ページに渡って、ぎっしり詰まっている。

詰まり過ぎてて、全てのページが濃い。

和食、洋食、中華のフルコースを何セットも食べている感覚なのだが、不思議なことに胃もたれが来ず、むしろここに書かれている書籍全部読みたい! 時間が欲しい! となってしまうこと間違いない。

この本を読むと、道理で恩田陸が単なるホラーではない、人間的な恐怖というか、背筋がスッとなる綺麗な恐怖を作品に織り込むことが好きなのか、その一端が読み取れる気がする。

恩田陸に全く興味のない人であっても、最強の「本のための本」と銘打って過言ではなく、読まないのは正直、勿体ない。

「本のための本」とか「映画のための本」とか自分は大好きで、POPEYEの映画特集とか、BRUTUSの本特集とかは大体いつも買ってしまうのだけど、1人の頭の中の本棚を1つの本にまとめたこの作品は、ただキュレーションされただけではない、彼女自身の体験に裏付けされた、血の通った文章に溢れている。

今、仮に働くことを辞めて、一生を読書に費やしても多分、世の中の全ての本を読むことはできないのであれば、本当の本好きが選んだ本を読んでいく方が、ちょっとだけ人生得した気持ちになるんじゃないだろうか。

もの一つ買うだけでも、Amazonやカカクコムのレビューをついつい気にしてしまう僕たちの世代には、「これは絶対オススメだから読んどき!」と少し強めにいってくれるお母さんのような存在が、一つくらい必要なのかもしれないと、「小説以外」を読んでいて思う。

恩田陸のエッセイといえば、「酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記」も「小説以外」とは大分、というかかなり毛色が違うので、良かったらこちらも手にとってほしいなと思う。抱腹絶倒必至なので、なるべく電車の中では読まないように。。

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