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【特集】 江の島FCのエンブレムはどうやって誕生したのか

 エンブレム(英: emblem):道徳的真理や寓意といった概念を要約する、抽象的あるいは具象的な画像のこと。(wikipediaより抜粋)

 スポーツチームがスポーツチームと認識されるための特権であり、チームの象徴として認識されるアイコンが”エンブレム”ですが、それがどのような意図と会話の中から生み出されてきたのかについては、あまり触れる機会が無いことと思います。世界に目をやれば、2017年にイタリアのユベントスがエンブレムを斬新なロゴに変更したことで、チームのアイコンのビジュアルを工夫するチームが増えてきています。何を是とするかはさておき、エンブレムにはエンブレムの数だけスポーツチームからの独自の意図が込められていることは間違いありません。

 今回は、2020年の新設クラブである地域サッカークラブ江の島FCのエンブレムがどのように誕生したのかを紐解きながら、”サッカーチームを立ち上げること”の意味性や、気になるあのエンブレムの制作の裏側に興味を持つきっかけとなれば幸いです。エンブレム作りって、結構奥が深いものなんです。
(Interview,Text by staff / Talk by Yuta Tomoeyama , Soko Hoshino )

01、概要​

 江の島FCは、2020年4月創設の地域サッカークラブです。創設前夜、コロナウイルス感染症の初期と重なり先行きが不明瞭な中、始動に向けて仲間集めや登録手続き、経営計画等の準備を重ねていました。江の島FCが所属する『神奈川県社会人サッカーリーグ』をはじめ、大半のスポーツリーグでは登録チームに対するエンブレムの提出を義務付けています。近年ではロゴジェネレーターやCanva等によりエンブレム制作のハードルはグンと下がっていますが、当時の江の島FCの経営陣(巴山、大村、小笠原)は『新しい文化の中心に相応しいエンブレムを作りたい』という想いから『サッカーのことを知らない、20代、女性、デザイナーというよりアーティスト』を条件にお願いできるデザイナーを探し、江の島FCが依頼することに決めたのが、関西で活躍するフォトコラージュアーティストの星野想子氏でした。

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👩‍🎨星野想子について
静岡県生まれの23歳。嵯峨美術大学芸術学部造形学科油画版画領域卒業。コラージュアーティスト、写真家、デザイナーとして関西を中心に活動中。
CONCEPT : ”綺麗な川の光を見たとき、遊ぶような風に出会ったとき、柔らかい色に触れたとき、そんな心が少し動いたときに見えた気持ちを、フォトコラージュで表現しています。”
👨‍💻クレジット
江の島FC エンブレム制作チーム
プロジェクトマネジメント:Yuta Tomoeyama(江の島FC)
デザイン:soko hoshino
協力:LINDA HOSTEL
制作期間:2020/02/11-03/16

02、当時の想い 

星野 本当に私で良いのかな、という思いでした。サッカーを知らなさすぎることも理由の一つです。サッカー王国静岡出身なのですが家族が全員野球派で、全くサッカーのことを意識せずに大きくなってしまったような感じです。笑 
それでも最終的に引き受けた理由として、お話しをお伺いするなかで、『居場所』という表現が時々挙がってくるのが気になって。江の島FCが目指しているものがいわゆる旧来の”サッカークラブ”ではなくて、フラっと輪に入れそうな若者のコミュニティというイメージを持ったからです。例えば、私がLINDA※ に散歩がてら行く、みたいな感じの。私も江の島FCのターゲットなんだなとわかって、そこからは、いわゆる『エンブレム』をなるべく検索しないように意識しました。普段のコラージュアーティストの活動と同じように、そのときに思ったものを作品にしようと思ったし、ちゃんと自分が好きだと思えるものを作っていいんだなと取り組むようになりました。

巴山 
僕らにとってサッカークラブの面白さって、『人のエゴがエンブレムに落とし込まれて、そのエンブレムが共感者を集めてチームになって、そのチームが強制的に地域に所属される』という構造にあるんです。結果としてエゴが社会に接続される最短の方法だと思うし、地域クラブこそが世界最小のソーシャルブランドだと思ってるんです。その仕組みでこの世の若者の機会格差を壊したいと思って作った江の島FCだから、江の島FCっていう集団はやっぱりエンブレムにこだわらないといけない。笑 だからこそ、想子みたいに良い意味で表現に一切固定観念や縛りがないアーティストさんにお願いしたかったんだよね。注文も多くてかなり難しい依頼だったとは思いますが。

星野 本当に難しかった...............。

※ LINDA : 大阪中崎町の文化拠点 LINDAHOSTEL106

03、ラフ案の制作開始

✍️江の島FCからの依頼内容(一部抜粋)
・江の島FCのビジョンが伝わる色合い(紺、金、白)で
・江の島の字を表形してほしいけど文字としてはギリ読めないくらい
・親しみやすいけどスタイリッシュすぎないものにしたい
・受け手の余白を残せるミニマムなものにしたい
・かっこいいよりナチュラル
・全体的に太い線で、立体感を出してほしい

星野 最初の解釈として、直線よりもかなり曲線的なイメージでした。まずは海、山、江ノ電、風をテーマにして、50案くらいイラストに興して要素を分解していきました。ヒントはたくさんいただいていたと思うのですが、何を削ってどうやって形にしていけばいいのかを落とし込む作業は、本当に時間がかかりました。

(下図:星野想子氏からお借りした当時の制作ノートの現物)

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04、デザイン制作(初稿)

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 ①:海 平仮名の”え”から着想して、結果的にカフェのロゴっぽいもの
 ②:太陽 登っていく太陽の雰囲気、描かれやすさを重視
 ③:スピード 今いる場所から抜け出す、スタイリッシュなイメージ
 ④:道 ミニマムで、挑戦をしながらさらに駆け上がっていく

巴山 今見るとすごいなあ...。エンブレムに寄せた、置きに行ったデザインが一つもないですね。笑 

星野 初稿はちょっとスポーツっぽい力強さが少なくて、どれも企業ロゴに近い感じだったかもしれないですね。でも引き算を重ねる上で、波、太陽、右肩上がりの3要素は込めたいと決めていたので、全て踏襲できていると思います。ちなみに最近佐藤可士和さんの展覧会に行ってきたのですが、ロゴってこんな精密に作らなきゃいけないものと知って、めまいがしてしまいました。笑

巴山 感覚派すぎ!笑 どうして常にそこまで表現者であれるんですか?

星野 小さな頃から、気持ちの良い配色や余白などを保存する癖があったんです。美しいものの何が美しいのかを言葉にしたところで、自分の中から出てきた言葉でしかまとめられないのが違和感がありました。綺麗だなあ、美しいなあと思う感性が昔から強かったんだと思います。もちろん、本来デザインをするときに言語化しないことはタブーだとされていますが、私は自分の感覚を信じて、物怖じしないことを信念にしています。
常に言語化しない方を選んでいるのは、言語化した瞬間に目の前の美しさには名前がついてしまって、その先がなくなってしまうことが怖いからかもしれません。江の島FCのエンブレムも、空や風に見える人がいても良いし、見る人によって受け取り方の違うものになれば良いと思って作っていました。

✍️初稿へのフィードバック(一部抜粋)
・①②のミニマルな印象をベースに、視覚的な部分のイメージ(線を増やすとか)の増強をしつつ、もう少し③のように直角、鋭角を作って尖らせたい
・結果的に②くらい覚えやすいシンプルなエンブレムを想定している
・③のような攻めの要素、強気でゴツゴツしたイメージを加えたい
・コミュニティを大切にしたいから、②の縁や輪を『拡げていく』ように整えてほしい
・金:紺の比率は 7:3くらいのバランスが理想か

05、デザイン最終稿

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 ①/②:江の島の海にサンセットが、成長を期待して差し込んでいく
 ③:白を際立たせ、何にでも生まれ変われることを示す
 ④:常識、縛りから抜け、新しい挑戦を駆け上がっていく

巴山 ついに出揃ってきましたね。まさに!と思うモノを作り上げてもらって、当時感激したことを覚えています。ただ、今は慣れ親しんでいるエンブレムなので、もしかすると違うエンブレムでチームが始動していたかもしれないと思うとゾッとします。この最終デザインはどれも良くて、特に①と③と④の中から選定するのにとても時間を費やしました。同じ色使いなのに作品によって見え方や意味合いが全く変わって見えると思うのですが、やはりエンブレムがチームの性格に影響する部分は大きいなと、改めて良い気付きでした。最終的にここからどのように決めたのかは...皆さんの想像にお任せしたいと思います。笑

星野 そうですね。笑 結果として、サッカークラブのエンブレム作りには、私も気付かされることばかりでした。常に引き算ばっかりしていた感じだし、やりたいこととイメージを結び付けて解いていく作業がとても難しかったです。私は江の島FCというクラブに、最初に ”表現” させられたひとりだと思います。自信を持って、好きだと思えるエンブレムが完成しました。

エンブレムを作るということ

 江の島FCの35日間に及ぶエンブレム制作は、最終稿から一案への選定を以て、幕を下ろしました。

 さて、IBM社のロゴを手掛けたPaul Rand氏はかつて、下記の2つの言葉を残しています。
『世間は良いデザインよりも悪いデザインに慣れ親しんでいる。実際、悪いデザインを好むようになっている。それは、共生しているものだから。新しいものには脅威を感じ、慣れ親しんでいるものには安心を感じる』そして、
『コンテンツはデザインより重要だ。コンテンツのないデザインはデザインではなく、ただの飾りだ』と。

 近年サッカー界では、ユベントスの斬新なロゴ変更を交えたリブランディングが成功を収め、話題になりました。しかし結局のところ、我々のような地域クラブのエンブレムが世間に脅威を与えられるかどうかは、愚直に全てのコンテンツを磨いていく先にしか無いと考えます。いつか江の島FCのエンブレムが文化を作っていくことを応援していただきながら、是非クラブの数だけ存在する世界のエンブレムの誕生秘話についても、考えてみてはいかがでしょうか。
(おすすめ記事:河内一馬『サッカークラブのロゴ制作プロセスの裏側』)

最後に

 ”江の島FCにどんなサッカークラブになってほしいか” を、エンブレムの生みの親である星野想子氏に尋ねました。

『最初に、こんなチームを作りたいんだとプレゼンしていただいたときに、とてつもない熱さの中に、何かあったかい空気を感じました。もちろんスポーツは真剣勝負の場だと思いますが、関わる周囲の人にとってはそれだけではありません。 全ての人にとっての”帰りやすい居場所”。そんな温かい空気が流れているチームになってほしいなあと思います。いつかコロナが明けてサッカー観戦に行く時になったら、なぜか家に帰ってきた感じがしそうなくらい、優しくて強いクラブを一緒に作っていけたらいいなと思います。』


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『江の島FCのエンブレムはどうやって誕生したのか』
To be Continued...



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江の島FCは、2020年4月に設立された、江ノ電沿線を中心とした湘東地域をホームタウンとする地域サッカークラブです。2021年は神奈川県社会人サッカーリーグ3部(J9相当)に所属し、2030年のJリーグ昇格を目指しています。「STAY YOUNG, TO LIVE.~世界中の探求者の人生に生きがいを吹き込む居場所を創造する~」という創設の想いを掲げ、夢を持つ全てのエゴイストの機会格差解消を目指して活動しています。

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江の島FC 公式Twitter

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